【仏像の種類:弥勒菩薩・弥勒如来とは】56億7千万年後に降臨する未来の救世主!


弥勒菩薩(みろくぼさつ)、と聞いて「ああ、あの仏像版の考える人のこと?」と思った人は結構いい線いってます。数ある仏像の中でも、印象的なポーズを取っているちょっと神秘的な仏さまですよね。でも、じゃあ弥勒菩薩ってなんだろうと思うと次が出てくる人はなかなかいないかもしれません。ならば、この機会にちょっと弥勒菩薩の魅力を見つけに一歩進んでみましょう。

 

弥勒菩薩とは?弥勒菩薩のはたらき・特徴について

 

弥勒菩薩の特徴は未来に釈迦の後継者の如来となることを約束されている菩薩です。菩薩ですから、まだ悟りの境地にはない修行中の仏さま。現在は仏教の世界の真ん中にある須弥山(しゅみせん)という山の上空にある兜率天(とそつてん)という天界で修行をしている最中なんです。

 

じゃあ、いつ菩薩から如来になるのかというと、これがなんと56億7000万年後という気が遠くなるような先のこと。ちなみに、この時間は地球を含めた太陽系が消滅するまでに残された時間ぐらいなのだとか。奇妙な一致ですが、そう考えるともう人間や地球や太陽系がなくなる絶体絶命の時に弥勒如来となって現れる最後の救いの存在とも言えそうです。そう、弥勒菩薩は頼れる未来の弥勒如来なのです。

 

ああ、そうか弥勒は菩薩だから弥勒菩薩像はあっても、弥勒如来像は無いわけね、と納得した方、ちょっと待った! それはごもっともなハナシなんですが、実は・・・。「将来如来となることが確実なんだし、56億7000万年なんて待てないよー」ということで、弥勒如来像もえいやっとばかりに作っちゃったんです。

そのため仏像としては菩薩と如来の両方が存在します。弥勒如来は、釈迦の救済から漏れてしまった人々を将来救ってくださる仏さまと信じられ、饑饉などの天災や戦に巻き込まれるのをおそれた人たちが最後の綱として頼ろうとした仏さまとなりました。つまり今は未来仏、もしくは将来仏として期待を一身に背負った存在なんです。

 

※国宝第1号となった有名な京都・広隆寺の弥勒菩薩の詳細な解説記事はこちらをご覧ください

仏像リンクの日本各地の仏像をご紹介していく「見仏入門」の記念すべき第1回目は国宝登録第1号として有名な弥勒菩薩(みろくぼさつ)がある広隆寺(こうりゅうじ)をご...

 

弥勒菩薩の成り立ち

弥勒菩薩のサンスクリット名はマイトレーヤ。「慈しみ」の意味をもつ名前です。インドの北西部(現パキスタン)のガンダーラから発祥して、1世紀から3世紀ごろに弥勒菩薩が造像されるようになります。

 

大陸を経て弥勒菩薩像が日本へ伝来したのは584年。百済から献上されたという記録がちゃんと残っています。そのころから弥勒信仰は続いていきますが、仏法の力が衰えて、世界が混乱するという末法思想が流行した平安時代に、弥勒菩薩は大人気となっていきます。人々は弥勒の浄土に往生したい、弥勒が下生(げしょう/この世に出現すること)した時にまた生まれ変わりたいと、釈迦の後継者としての弥勒信仰はヒートアップ。

 

皆、自分の生きている末法の世に失望してしまって、輝く未来を夢見て未来の仏となんとかして繋がりたいと強く思うようになったのです。

 

さて、日本に弥勒菩薩が渡来したころの飛鳥・奈良時代の弥勒菩薩像、特に半跏思惟像は女性的な繊細さのあるとっても優しいお姿。でも実は日本に渡来してくるまでの過程でその容貌にはいろいろな変遷があったんです。

 

インド・ガンダーラ(現在のパキスタン)の弥勒菩薩は非常に男性的。彫りが深く大きな瞳を持つ顔で、中にはヒゲをたくわえた弥勒菩薩もありました。厚みのあるがっちりした身体つきで、とても男っぽく人間的な像が大半です。場所は移って朝鮮半島の弥勒菩薩を見ると、日本の半跏思惟像に非常によく似たものもあるんですよ。それらを見ると、日本の仏像が受けた影響の確かな足跡をみることができます。時間と場所を経て日本へ入る過程で人間的な生々しさはそぎ落とされ、中性化していくのがわかります。

 

 

弥勒菩薩の見た目の特徴、見分け方

弥勒菩薩は時代によって形式が異なっているため見分け方は時代によって異なります。

日本で弥勒菩薩と言えば、腰を掛けて足を組み、右手をかるく頬にあてる半跏思惟像が有名ですよね。いわゆる「日本版考える人」。おそらく、弥勒菩薩のことを知っているというほとんどの皆さんのイメージはこのポーズの仏像を想像しているのではないですか。これは、どうしたら釈迦の救いから漏れた人々を救えるのだろうか、と弥勒が思索にふけっている様子を表わしたものです。飛鳥・奈良時代の弥勒菩薩には半跏思惟像のものが多く、そのポーズで見分けることが比較的簡単ですね。

足の形はいつでも立ち上がって、衆生(しゅじょう/迷える人々)を救いに行けるようスタンバイしている格好。静かな様子の中にも、すぐに行動を起こそうと準備している思いやりの溢れるポーズです。

 

しかし、それ以降の立像や坐像については、基本は仏舎利つまりお釈迦様の遺骨が入った壺のある宝塔を持っているのがおおよその目安ですがなかなか見分けが難しいんです。

それ以降は蓮華や水瓶を持つ立像、禅定印(ぜんじょういん)を結んだ手の上に宝塔をのせる結跏趺坐(けっかふざ)像など密教の影響を受けたいろいろなタイプの弥勒菩薩の像が誕生しています。また国が変わってパキスタンでは家を蓄えたイケメンのかなり人間に近いお顔、台湾ではたっぷりと太ってがはがはと笑みを浮かべる弥勒菩薩が主流です。つまり、弥勒菩薩っていうのは半跏思惟像だけじゃないっていうこと。

弥勒菩薩は、他の菩薩に多いような個性丸出しの派手な格好をしていないのです。他の菩薩との区別をするには、観音菩薩のように頭に小さな化仏を着けていないし、勢至菩薩みたいに水瓶をもってない、文殊菩薩や普賢菩薩のように獅子や象に乗っていないし・・・というように消去法で見分けていくことになります。

ちょっと見では判別出来にくいものもあって弥勒菩薩であることを見落とさないよう、注意してくださいね。

主な弥勒菩薩の例

 

奈良・中宮寺/弥勒菩薩坐像(飛鳥時代) [寺伝では如意輪観音]

 

国宝の菩薩半跏像が中宮寺の本尊です。これこそ飛鳥時代の彫刻の最高傑作。日本美術史上絶対欠かすことのできない「日本の半跏思惟像」なんです。あのモナリザと同じようなアルカイックスマイル(古典的微笑み)を讃えた像の典型と言われています。実は、この木造菩薩半跏像は、寺伝では如意輪観音とされています。ただし、これは平安以降にそう言われていたらしい名称で、本来は弥勒菩薩であったのだろうと言われています。

 

楠の寄せ木造りで高さは133cm。この飛鳥時代の像は驚くべきことに、平安時代後期から始まったと思われていた寄せ木造りで作られた像でした。一本の木から削り出して作る像ではなく、パーツに分けて作られ、組み立てられるという手法で飛鳥時代に既に造られていたんですね。では、似たポーズでこの中宮寺の像とよく比較される広隆寺の国宝半跏思惟像はご存じですか? もしかすると中宮寺像よりもメディアへの露出も多く、親しみがあるかもしれませんね。

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あちらの像は飛鳥彫刻における渡来様式を反映した一木造りの仏さまです。二つの半跏思惟像を見比べて見ると、中宮寺像のほうがどこかもっと日本的。寄せ木造りという新技術で、一木造り彫刻の制約に囚われずに日本的な優美さを持つ写実的な仏像を創り上げたわけです。広隆寺像は日本に他に例のない赤松を用いた像で、そのため朝鮮で作られたものではないかという論議もあるそうです。

 

 

 

 

京都・醍醐寺/弥勒菩薩坐像(鎌倉時代) [快慶作]

世界遺産醍醐寺には、後白河院の冥福を祈るために醍醐寺の座主(ざす)勝賢(しょうけん)が発願したという木造弥勒菩薩座像があります。

 

三宝院護摩堂にある重要文化財のこの像の仏師はあの快慶。像の高さは約110センチ、檜(ひのき)の寄せ木造り、金泥塗の傑作です。記録から1192年に制作されたものと判明しており、制作年代が分かっている快慶作品の中では2番目に早い時期のものです(1番はボストン美術館の弥勒菩薩像)。

 

菩薩なんですけど、将来は如来になることが確実な未来仏であるためか、なんだか如来のような袈裟をまとっています。光背には9体の化仏もあり、華やかに冠やアクセサリーを身に付け、手には五輪塔を持っています。

 

アメリカ・ボストン美術館/弥勒菩薩立像

この美術館の弥勒菩薩立像は木造の漆箔造りの仏さまで、像高106.6cm。この仏像も像内納入品により1189年に快慶が造立した弥勒菩薩立像であることが判明。今日知られる快慶作品のうち最も制作年代が早いものです。今でこそボストンにありますが、もともと、奈良・興福寺の仏像です。まだ快慶が若い頃の作品と見られ、その若さがこの立像のみずみずしさに表れているようです。

 

日本に残っていれば国宝や重要文化財級の扱いを受けているはずのこの仏像がなぜこのようなところにあるのかは、ボストン美術館にある他の10万にもおよぶ日本の文化財と同様の理由によります。

 

明治維新を迎えた頃の日本は西洋崇拝が勢いを増していました。日本の伝統文化を嫌い、神仏分離令とそれに続く廃仏毀釈運動(仏教排撃運動)に伴う寺院・仏像の破壊が多発。

 

日本の文化遺産、特に仏典・仏画・仏像にとっては受難の時期でした。その時、日本の美術品の多くに価値を見出したアメリカ人フェノロサとその教え子岡倉天心が救済に乗り出し、資産家の協力もあって名品の数々が破壊をのがれ、ボストン美術館に運ばれて保護されることになったのです。

 

これを日本美術の保護・救済と言うか文化財の安い買収・海外流出と言うかは人々の視点によるかとは思いますが、この快慶の弥勒菩薩立像が日本にあったなら、国宝になっていたかもしれないと思うと複雑な気分になりますね。

 

 

 

【書籍紹介】菩薩のことをもっと知りたくなった時には…

ここでは今回紹介した菩薩以外にもより深く仏像について学ぶことができる書籍・DVDをご紹介いたします。どれもわかりやすく書かれている初心者~中級者向けの本ですので、お気軽にお読みいただけるかと思います。

仏像大図鑑 如来・菩薩像のすべて

菩薩像の種類や特徴、もっているものなど、菩薩像とは…をギュッと1冊に凝縮した菩薩のすべてが理解できる教科書。 カラー写真やこの本のために撮りおろしされた写真も多いので、菩薩像のあらたな魅力を発見できるかも?!

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菩薩像のすべて

とにかく写真が豊富、紹介している仏像が豊富という本。日本各地にある代表的な菩薩像を掲載しています。

如来像のすべてや、明王像のすべて、天の仏像のすべてなど仏像界の各ランクごとに専門的に切り込んでいる「◯◯のすべて」シリーズの菩薩像バージョン。これはぜひ全シリーズそろえたいですね。

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十一面観音巡礼(白洲 正子)

鋭い眼力と個性的な感性で日本の美としての仏像の魅力を発見しては文章で表現していった昭和の随筆家・白洲正子さん。

彼女が自ら歩んで出会った十一面観音めぐりのエッセイ。白洲正子さんの美しい文章で、じんわりと日本の土地に根付いた十一面観音像が紹介されています。

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京都仏像めぐり (たびカル)

女性向けの可愛らしい本ですが、京都の旅で見るべき仏像が凝縮されていてとてもわかりやすい内容になっています。旅の邪魔にならない本のサイズも素晴らしいところ。

掲載されている情報も小さなわりにはたくさんつまっています。こちらの本をもって京都の仏像の旅をしてみてはいかがでしょうか。

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