不空羂索観音は、「ふくうけんさく」とも「ふくうけんじゃく」とも読みますが、こちらも他の仏さまに負けないくらい熱心な観音さま。しかも、レザー製のジャケット(?)を着た観音さまの特技はなんと投げ縄。カウボーイですかっ!? これで迷いの海に漂う衆生を確実に救済するだなんて、なかなかイカした発想です。ああ、でもそれなら観音さまの投げる縄にぜひ捕まりたい・・・!
不空羂索観音の主な働き
十一面観音に次いで古くから信仰された変化観音です。二十種の功徳(現世利益)と八種の利益(死後成仏)が得られるという、気前の良い観音さま。
奈良時代に信仰が盛んであったとされています。
天台宗では聖観音・千手観音・十一面観音・馬頭観音・如意輪観音に不空羂索観音を合わせて六観音として信仰されています。また准胝観音と合わせて七観音と呼ばれることもあります。
名前の由来
まず、名前の「羂索」とは、縄の先に環(わ)を付けた古代インドで魚や動物を捕獲するのに使った狩猟道具のこと。やっぱりカウボーイの投げ縄と似てますね。ただし、仏さまは狩猟をしませんから、ここでは衆生の苦悩を救う象徴です。
そして「不空」というのは、読んで字のごとく「空(むな)しくない」という意味。つまり羂索は、助けを求めてくる人々の願いが空しいものとならないように、慈悲の投げ縄で確実に救済しますよ、という「不空」の決意をあらわした象徴アイテムなんです。

不空羂索観音の見た目

手に羂索を持ち、額には縦についた第三の眼、肩には条帛(じょうはく)の代わりに鹿皮(ろくひ)と呼ばれる鹿の皮をまとっているのが不空羂索観音の特徴です。
日本では、一面三目八臂(しひめんさんろうはっぴ)像がまるでデフォルトのようになっていますが、経典には三面、十一面、二臂や三十二臂像などいろんな像容があることが書かれています。ただし、どれも多臂(多くの腕)となっています。
羂索以外には、錫杖、蓮華、悪いものを追い払うという払子(ほっす)と呼ばれる獣毛や麻などを束ねて柄を付けた持物などを持っています。宝冠を被り、アクセサリー類を身に付けた菩薩らしいきらびやかさを持ち、一対の手で合掌をしています。坐像、立像共に見られます。
不空羂索観音の成り立ち

多面多臂の変化(へんげ)観音のなかでは、十一面観音に次いで歴史が古い観音さま。インドにおいて十一面観音に次いで成立したとみられ、中国には七世紀ころに伝わりました。
漢訳された中国の経典のなかでは隋時代の6世紀後半に訳された「不空羂索呪経(ふくうけんじゃくじゅきょう)」に初めて現われました。唐の菩提流志(ぼだいるし)が8世紀はじめに訳した「不空羂索神変真言経」に、不空羂索観音の呪文を唱える人は、現世で20種の功徳(病気がなく、豊かで、賊や悪鬼を恐れる必要もなく、水難や火難がなく、戦死せず、人に尊ばれる)などの現世利益と、臨終の時に8種の利益(苦しみが無く、観音が僧侶の姿となって浄土へ導いてくれるなど)が得られると説かれていますから、とてもサービス精神豊かな仏さまだったんですね。
インドで多く見られる不空羂索観音像ですが、中国にはあまりありません。よく知られているものの一つは、インドネシアのジャワの王朝シンガサリ朝のヴィシュヌワルダナ王の像を仏像として刻まれたものがあります。
日本では、もっぱら鎮護国家を祈る仏として造立され、有名な像はいくつかありますが、作例はあまり多くはないのです。そのためか庶民に親しまれる機会が少なかった観音さまです。
さらに、鹿の皮を身に付ける、つまり「野獣の毛皮をまとう」という点でヒンドゥー教の最高神の1柱シヴァや、山岳神としての関係があるという説もあります。また、シカとの関連から春日大社第一の神であるタケミカヅチの本地仏ともされています。
そういう点で見ると、鹿の皮のレザージャケットはこの観音さまの出自をめぐる鍵ともなっているわけですね。

不空羂索観音の真言と梵字・ご利益
この文字が不空羂索観音を表わす種字です。「ボ」もしくは「モ」と読みます。
真言は、「オン・ハンドマダラ・アボキャジャヤニ・ソロソロ・ソワカ」。
健康長寿、病気治癒、財福授与、美しくなる、罪障消滅、極楽浄土に行けるなどのご利益があるとされています。
不空羂索観音の主な例
奈良県・不空院本堂/不空羂索観音坐像【重文】(鎌倉時代)
不空院(ふくういん)は、奈良県奈良市高畑町にある真言律宗の仏教寺院。春日大社との縁が深い寺院です。
興福寺出身の僧・円晴が、興福寺南円堂を模して八角円堂を建て、本尊としてこの不空羂索観音像を安置したという伝承があります。
こちらの不空羂索観音はサイズ的には南円堂の観音さまと比べるとやや小さめですが、存在感があり、非常におちついた穏やかな慈悲深い表情です。
春日大社の第一の神であるタケミカヅチが変化したお姿だとのこと。
寄木造で、漆箔の像高103,9cm。一面三目八臂の像で、羂索、蓮華、錫杖、払子を持っています。
香川県・法連寺/不空羂索観音坐像【重文】(平安時代)
香川県三豊市にある真言宗善通寺派の寺院、法蓮寺に、四国で唯一の不空羂索観音像があります。四国を代表する密教像の一つと言われています。
一面二目八臂で、八本の腕は後の補修によるということですが、バランスもよく堂々としています。肩や胸の厚さや、どっしりとしてぐっと左右に張った両膝に安定感と重厚感がある像です。
頭に天冠台をいただき、眉間には第三の目はなく、水晶の ”白毫(びゃくごう)”
が入っています。もともと漆箔の像だったそうですが、今はそれも剥落してしまい、全身黒い漆におおわれていますが、それがかえって神秘的な雰囲気です。ちょと愁いのある表情で、それがそのミステリアスな雰囲気に拍車をかけているのかもしれません。
岡山県・大通寺/不空羂索観音菩薩坐像【県指定】(平安時代)

岡山県小田郡矢掛町にある曹洞宗の寺院で、庭園で有名な古刹です。寺伝によると745年に高峯山の山頂に承天和尚が開創したとされています。
こちらにある県内唯一の不空羂索観音は秘仏です。
後頭部内に「康和元年(1099)8月」および「慶禅(清禅)」の銘文が確認されています。
額に縦になった一眼があり、一面三眼四臂の像です。宝髻を結い、天冠台を掘り出し、上半身は裸形で、下半身に腰布を付け、四本の腕は左右対称に出されています。穏やかな面相、比較的低いマゲ、垂らした髪、膝の衣文の穏やかな流麗さと、身体の厚みを薄くしたところは、平安時代後期の仏像の特徴をよく表わした仏像です。
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はじめての仏教 その成立と発展 /中央公論新社/ひろさちや

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