【仏像の種類:阿修羅とは】仏像界のプリンス阿修羅像!…でも本当は血の気の多い武闘派の仏だった!


さあ、皆さま、お待たせいたしました。仏像ファンならいつかは実物に会ってみたい、仏像界の文句なしトップアイドル、仏像総選挙No.1間違いなしの彼の登場ですっ!!

全国の仏女のハートに火を付け、現在の仏像ブームの火をつけた罪作りな彼。私たちの熱い視線を一身に浴びながらそれに気づきもしないで、憂いを帯びた表情をたたえる彼こそ、阿修羅!今日も老若男女は列をなして彼の元へと訪れます。さあ、その美しいお姿をじっくり拝もうではないですか。

あ、でも彼は子持ちです。念のため。

阿修羅の主な働き

さあ、注目の仏神の回となりました。阿修羅は二十八部衆や八部衆の中の一尊で、戦いを象徴する最強の守護神です。まず、この役目に就いたその事情について説明しましょう。

インド神話では、阿修羅はアスラという神の一族でした。アスラ一族は荒っぽく、恐ろしい力を持った神々でしたが、正義や秩序を守り、悪を懲らしめるのがその役割でした。

 

 

阿修羅には超美形の舎脂(しゃし/シャチ-)という名の娘がおり、いずれ帝釈天(インドラ)という戦闘神に嫁がせようと考えていました。ところが帝釈天はその阿修羅の考えを知らずに、舎脂に一目惚れして無理矢理奪ったのです。

正義の神・阿修羅は怒り狂って戦闘神の帝釈天に戦いを挑みます。負けても負けても決して諦めない阿修羅。そのうち舎脂は帝釈天のことが好きになって正式な妃になります。しかし、それでも阿修羅は納得いかず、天界全体を巻き込む大戦争を引き起こして戦い続けたのです。ちなみに「修羅場」という言葉は、この激しい争いから生まれた言葉です。しかし、阿修羅は戦いの神である帝釈天には勝てず、ついに天界を追放されてしまいました。

 

このインドの古代神話を仏教が吸収します。その話しをベースに、正義の神だった阿修羅を悪神として「修羅道」という争いの絶えない世界の主にしました。そして、戦闘神である帝釈天を仏法の護法神としたので、まるで立場が逆転です。フェアじゃない? いえいえ、仏教の考え方はこうです。

阿修羅は怒りで自分を忘れ、戦いに目を奪われて、すでに舎脂が帝釈天の正式な奥さんだったのにも関わらず、相手を赦す心を失っていました。たとえ、正義であってもそれに固執すれば、善の心を忘れ、妄執の悪・復讐の鬼になってしまいます。過去を水に流し、人を赦すことは大切なのです。

そう諭す釈迦の説法に惹かれた阿修羅は、これまでの罪を懺悔して釈迦を守護する神となりました。元々は少々荒っぽいながらも正義の神だった阿修羅。今では仏法を護る天竜八部衆や二十八部衆の頼れる一尊としてその役目についているのです。

<参考記事・あわせてお読みください「帝釈天とは」>

【仏像の種類:梵天・帝釈天とは】仏像界の貴公子コンビ!梵天勧請や阿修羅との戦...
今回は梵天と帝釈天という2人の仏さまについてご紹介します。帝釈天は「寅さん」でお馴染みの舞台になっている「葛飾柴又・帝釈天」として一度は耳にしたことがある人が...

 

阿修羅の成り立ち

阿修羅のルーツをさらにさかのぼっていきましょう。阿修羅のルーツは古いのです。遙か昔、古代メソポタミア文明では阿修羅が最高神とされていました。しかし、時代が下がるにつれ悪魔・魔神・鬼神として扱われるようになったといいます。

 

現代に伝わる阿修羅は、インド神話の魔神であるアスラが前身だったとされます。古代インドの文献「リグ・ヴェーダ」に阿修羅はアスラという神の一族として登場します。その中ではアスラは荒っぽく、恐ろしい一族でしたが、同時に正義や秩序を司り、悪を懲らしめる神としての役割がありました。

 

 

しかし、アスラ(阿修羅)とインドラ(帝釈天)との戦いの話しにあるような経緯で、時代が進むにつれて悪者扱いされるようになってしまいます。仏教はインド神話を取り入れて、正義の神であった阿修羅を悪神のように扱い、戦闘神であった帝釈天を仏法の護法神として正義の神として扱うことになり、立場は逆転。しかし、阿修羅は釈迦に諭され、心を入れ替えて八部衆の一員として守護神となりました。そして現在知られるように、戦う心を持った正義の神である立場となったのです。

 

阿修羅の見た目

阿修羅の姿として日本の作例に多く見られるのは以下のタイプです。

阿修羅像の主な特徴

・三面六腎(3つの顔と6本の腕)像

・上半身が裸

・忿怒相

・左右第1手は合掌

・左右第2手で日と月を持ち日蝕月蝕をあらわす

・左右第3手は、右で宝矢・左で宝弓を持つ

有名な興福寺の阿修羅像もこの系統ですが表情がおとなしい表情をしています。

仏像ブームの火付け役、興福寺の阿修羅像

奈良・興福寺国宝館/脱活乾漆阿修羅立像【国宝】(奈良時代)〈将軍万福作〉

 

ではここで、仏像ブームのきっかけを作った第一の功労者である国宝の興福寺阿修羅像に注目してみましょう。あの憂いを帯びた表情の秘密とは?

阿修羅のルックス

阿修羅は、仏法を守護する8人の神、八部衆の一人です。

高さ153.4cmの像は三つの顔と6本の腕のある三面六臂(さんめんろっぴ)。上半身は裸で、条帛(じょうはく/左肩から斜めに垂らすたすき状の布)、胸飾り、腕輪、裳(も/腰部につける衣服)、そしてサンダルのような板金剛(いたこんごう)をはいています。

3つある顔の全ては赤味を帯びた少年のような顔立ちです。それぞれ表現される年頃も表情も微妙に違います。

 

像の右につく顔は、唇を噛み自らの過ちを認めることができず、その不満が滲み出たような反抗的な幼い表情の顔。左の顔はその過ちに気付いて懺悔へと心が動いていく悩める思春期の顔。そして正面の顔は、さらにもっと深い懺悔の中にありながらも一筋の光を見出して心を決めたような、さらに成長した少年の顔です。この正面の憂いや凜々しさなどが混ざったなんとも言いがたい表情が、人々を虜にする理由でしょう。

6本の腕にも注目しましょう。2本は正面で合掌しています。残りの4本は異様に長いのが特徴です。うち2本は天を支えるように手のひらを上に向けています。それぞれの手で日輪、月輪を持っていたそうです。それらで日食、月食を起こして戦いに挑んだとも言われ、戦闘神の名残りのようです。また、残りの2本の手はカマキリが構えたように見えますが、弓と矢を持っていたのだろうと言われています。鎌倉時代の「興福寺曼荼羅」にそう描かれています。しかし、現在の阿修羅像は手に何も持っていない状態です。

 

 

また、よく見れば、合掌している手が向かって少し右にずれ、身体の中心に来ていません。阿修羅像が明治時代に再発見された際、第一手の右の先が欠損しており、阿修羅がどんなポーズをしていたのかについてはずっと「両手で持物を持っていた」「左斜め前から拝観すると真ん中にくるよう作られた合掌手である」などの論争がありました。

 

ところが、2009年に行われたCTスキャンによって、正中線からのズレは過去に修復した際、上手く手を合わせるために腕の付け根の角度を変えたためだということが判明しました。修復前の元々のポーズは身体の真ん中で合掌したものだと証明されたのです。

 

 

みなさんも、拝観の際には正面からよく眺めてみてください。

なぜ阿修羅は少年のような顔立ちなのか?

もともと阿修羅が安置されていた興福寺西金堂は、奈良時代の聖武天皇の后・光明皇后の建立によるものです。彼女は慈善事業にも熱心な、心優しい人物でした。その彼女と聖武天皇の間に皇子が生まれますが、すぐに亡くなってしまいます。それに続いて光明皇后の母親も亡くなってしまいます。光明皇后は、その母親の冥福を祈るために興福寺に西金堂を建て、仏像30体を収めました。その中に阿修羅像を含む八部衆という8体のグループ神があったのです。八部衆の仏像は皆、どこか幼く見える像です。特に、沙伽羅(さがら)、五部浄(ごぶじょう)、阿修羅はまさに少年顔。

実はこの少年顔の下にある塑像原型では、もっと恐い顔をした阿修羅だったことが前述のCTスキャンによって判明しました。本来はやはり戦闘神の性格が強くでる像が造られる予定だったのです。では、どうして今の表情に変わったの?

 

 

一説によれば、光明皇后は、収める像を年代の違う少年の顔立ちにして祀ることで、亡くなった皇子の成長過程を追うようにして偲んでいたのだそうです。光明皇后は、母親の冥福を祈りつつ、亡くなった息子への思いもそっと仏像に託したのではないでしょうか。

 

 

その話を聞けば、なぜ興福寺の阿修羅像が他の阿修羅像のように恐ろしげな鬼神の容貌をしていないのか、なぜ憂いを帯びた少年像なのかがいくらか納得出来る気がしませんか?

興福寺創建1300年記念 「国宝 阿修羅展」

2009年3月31日~6月7日の約2ヶ月は、歴史・仏像ファンにとっては至福の時でした。東京国立博物館にて、興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」が開かれたのです。これは奈良・興福寺の中金堂再建事業の一環として計画された展示会でした。

 

興福寺の貴重な文化財の中から、阿修羅像をはじめとする八部衆像(国宝)、十大弟子像(国宝)や再建される中金堂に安置される薬王・薬上菩薩立像(重要文化財)、四天王立像(重要文化財)など、約70件が展示されるという、ファンには垂涎モノの一大イベント! 特に、八部衆像(8体)と十大弟子像(現存6体)の全14体が揃って寺外で公開されるのは、史上初めての試みでした。

 

史上初はそれだけではありません。2ヶ月間の会期における観客動員数は、のべ94万人以上。会場の東京国立博物館平成館が開館以来の最高記録となりました。これは同時に、その年に開催された世界中の博物館や美術館の展覧会の中で最多の来館者数を記録したオバケ展覧会となりました。

関連書籍はバンバン売れ、1万5000体用意された阿修羅像のフィギュアは2週間で完売。さらに、巡回した九州国立博物館でも71万人の入場者を数え、両会場での総来館者数は165万人に!

主催者側のプロモーションだけでなく、当時の阿修羅像ファン、また広告や会場で新しく阿修羅像の虜になった「アシュラー」と呼ばれる女性たちが、阿修羅像の魅力をブログやコミュニティ・サイトに書き込んで伝播したことで、社会現象とまで言えるほどの展覧会は大成功に終わりました。

阿修羅への熱狂的な人気は今もまだまだ健在です。この憂いを帯びた美少年の像をきっかけに、仏像の魅力にとりつかれる人々はこれからも増えそうです!

阿修羅の真言と梵字、ご利益

 

 

ハラと読みます

ご利益:仏教守護

ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン

仏教を守護する八部衆として、仏教を煩悩や邪魔者から守る仏教守護のご利益があります。

阿修羅像の主な例

奈良・法隆寺五重塔/塑造阿修羅坐像【国宝】(奈良時代)

奈良県生駒郡斑鳩町にある法隆寺は7世紀に創建され、聖徳太子ゆかりの寺院として有名です。この法隆寺の世界最古の木造建築群である西院伽藍の五重塔に阿修羅像があります。五重塔はそれ自体が国宝となっており、その初層(一番下の階)に阿修羅を含めた国宝が80体もあるのです。そこにはお釈迦様の一生を4つの場面に表わしている塑像群があります。

その4つの場面とは、

北:涅槃像土(ねはんぞうど)

南:弥勒仏浄土(みろくぶつじょうど)

西:分舎利仏土(ぶんしゃりぶつど)

東:維摩詰像土(ゆいまきつぞうど)

です。

 

阿修羅像は、その中の釈迦入滅を描いた涅槃像土で、横たわる釈迦の周辺で菩薩や仏弟子たちが、嘆き悲しむ右後方に坐っています。阿修羅として大変有名な興福寺の阿修羅像と同じ3面6臂で、若々しい顔をした像です。この阿修羅像が興福寺の阿修羅像の原型になったと考えられています。

細く長い腕が4本広がる中、正面の2つの手は膝のあたりに降ろされた形で、合掌はしていません。阿修羅像が好きな方はぜひここでも阿修羅を探してみてください。

京都・三十三間堂/二十八部衆阿修羅立像【国宝】(鎌倉時代)

京都は東山にある蓮華王院本堂、またの名を三十三間堂は、後白河上皇が1155年に自身の離宮内に造営したものです。その後焼失したものを、後嵯峨上皇が本堂のみ再建し、天台座主にもなった室町幕府六代将軍の足利義教(よしのり)が保護しました。

 

こちらに安置されている阿修羅像は、千手観音を保護する二十八部衆のメンバーとして強く、猛々しい像です。三面六臂で、正面の手を合掌しています。右足を少し前に踏み出すようにして、今にも動き出すような予感を感じさせる像。興福寺の美少年とは違い、かつて暴れ神として手が付けられなかった頃のパワーが、張りのよい身体や、いかつい表情にストレートに表われた武闘派阿修羅像です。

【書籍紹介】天部の仏像のことをもっと知りたくなった時には…

ここでは今回紹介した天部の仏像以外にもより深く仏像について学ぶことができる書籍・DVDをご紹介いたします。ただどれもわかりやすく書かれている初心者~中級者向けの本ですので、お気軽にお読みいただけるかと思います。

天の仏像のすべて (エイムック)

天部の仏像に特化した書籍というのは、現在普通に販売されているなかでは、ほぼこの1冊くらいしか見当たりません。

如来像のすべて、明王像のすべてなど◯◯のすべてシリーズの天部バージョン。

天の仏像にしぼってカラフルな仏像の写真がたくさん掲載されていて迫力満点! 勉強するだけでなく、写真集のごとく眺めるのもオツな風情。 やはり全巻そろえたいですね。

[関連リンク]◯◯の仏像のすべてシリーズ

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見仏記ガイドブック

ご存知、いとうせいこうさん&みうらじゅんさんの見仏記コンビ。

これまでに出た見仏記を再編集し、ガイドに仕上げた総括的な本です。

見仏記の楽しい内容を閉じ込め、より旅のガイドブックとして使いやすくなりました。 みなさんの見仏のおともにぜひ!

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仏像の見方ハンドブック-仏像の種類と役割、見分け方、時代別の特徴がわかる

天のランクに属する仏像の種類はほんとうにさまざまで最初のころは 仏像に出会ってもなかなかなんの仏像なのか判別がむずかしいところ。

こちらはポケットサイズの仏像本。 私は友人からもらったこの本と上で紹介した見仏記をもって 仏像旅をするようになったのが仏像好きになったきっかけです。

この本をポケットに入れてお堂の中に入っては 「この仏像は忍者のポーズをしてるから大日如来だ!」とか思いながら 仏像の名前を当てたり、見分け方を勉強するようにしていました。

ポケットにしのばせて、これを持っていれば、いつ仏像がやって来ても大丈夫!

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奈良 仏像めぐり (たびカル)

たびかるさんの仏像シリーズの奈良版です。 天の仏像が多い東大寺や興福寺などもバッチリカバーされています!

旅の雑誌らしく仏像を紹介するだけでなく拝観方法や拝観可能時間などもまとめられていて 女性でも親しみやすくポップでかわいい雰囲気。

たびカルさんは京都版も出ているので この奈良の仏像編とあわせていつでも旅に出かけられるよう備えておくと 重宝すると思います!

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