【見仏入門】No.11 京都府・東寺(教王護国寺)の仏像/立体曼荼羅、梵天&帝釈天、不動明王像、弘法市、御朱印など


今回の見仏入門でご紹介する仏像は京都・東寺(とうじ)です。東寺は京都駅からも見える五重塔がシンボルで有名。五重塔を見ると古都京都に来た~!という風情を感じさせます。

この東寺は真言宗の総本山で、空海こと弘法大師のお寺といわれており、空海さんの理想をカタチにした立体曼荼羅をはじめ数多くの仏像が祀られています。

 

仏像界きってのイケメン仏と称される帝釈天梵天が祀られるのもここ東寺です。

 

筆者はこの立体曼荼羅の仏像たちに出会って衝撃を受け、仏像の世界にどっぷりとハマっていった、とても思い出深い寺院。ぜひみなさまにもその良さが伝わるといいなと思いつつ、ご紹介していきます!

 

思い入れが強いせいか紹介の熱量がいつもに増して高くなってしまいました!かなり文量が多いので、時間がない方はこの下の目次を使いながら読んでくださいね。

もくじ

東寺へのアクセス

最寄りは近鉄京都線の東寺駅からは歩いて10分くらいで到着できますが、京都駅(八条口南口)から五重塔を目指してゆっくり歩いても15分くらいで行くことができます。なので、京都駅周辺で時間があまったときにふらっと訪問できるのも東寺の魅力です。

 

余談ですが京都の町は道路が碁盤の目のように整備されていて、北から一条、二条、・・・・七条通りまでが北側にあり、京都駅の南口が八条通りにあたります。

 

 東寺は京都駅から南西の方角にある寺院。京都の観光地は駅の北側が多いので南側にある東寺を訪れる人は北側に比べるとさほど多くはないかなという印象です。そのため、静かにお寺、仏像をじっくり鑑賞することができます。

 

東寺の駐車場

 東寺の駐車場は有料となっておりますが、境内の北東部の入り口から入場することができます。駐車場のすぐ目の前に、講堂などへの拝観受付がありますので利便性は高いです。駐車容量としても比較的多く50台が駐車可能です。駐車料金:2時間600円。

私の経験では、満車で入ることができなかったことはないのですが、もし駐車場が利用できない場合は、周辺のコインパーキングなどをご利用ください。

「弘法市」や「骨董市」の時は駐車場が使えなくなることもあるそうです!ご注意ください!
東寺の駐車場はこんな感じ

 

東寺の歴史

 

 東寺は、正式には「教王護国寺(きょうおうごこくじ)」といいます。このお寺は国家の王を護る(まもる)“官寺(かんじ)”として8世紀末に平安京の正門の東に、都の東側を守る寺として建てられました。官寺とはかんたんに言うと国が運営するお寺ということ。それだけ国にとって重要なお寺であったことと言えます。実は西側にも官寺として西寺が建てられたのですが、こちらは早くに荒廃してしまい現在当時の寺は無く、西寺跡として公園が整備されているくらいです。

 

この官寺として建設された東寺ですが、平安時代弘仁14年(823)に嵯峨天皇が、空海(弘法大師)に与えたことがきっかけで真言宗(密教)の根本道場として発展してきました。

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東寺や空海を知っている方にとっては東寺=空海さんのお寺という印象が強いと思うのですが、創建は空海さんでなかったのは意外ですよね。(空海さんの話はあとで詳しくお話しします)

 

 

空海の死後も後白河法皇の皇女である宣陽門院(せんようもんいん)が空海死後も生きているがごとく信仰を重ね、壮大な荘園を寄進するなど多くの信仰を集めました。今でも大日堂で、毎朝6時に「生身供(しょうじんく)」として空海さんに朝食をささげる供養が行われ「お大師さまの寺」と呼ばれて親しまれています。

 

東寺のすぐ近くにあった平安京の正門は羅城門(らじょうもん)と言われてきましたが、後世になって羅生門(らしょうもん)とも呼ばれ、芥川龍之介の作品で舞台になったり黒澤明監督によって映画化になったので、名前だけでもご存知の方も多いと思います。

 

また平成6年(1994)には世界遺産(古都京都の17箇所の社寺など文化財)にも登録されて今日に至ります。

東寺の弘法市と骨董市(毎月21日と第1日曜日)

東寺では弘法大師・空海が入滅した日、3月21日にちなんで毎月21日に御影堂で御影供が行われ、またそれにあわせて東寺弘法市、愛称「弘法さん」が開かれるようになりました。

 

弘法市では多くの露天が並び、その数は1,200店とも言われます。現在では弘法市での買い物を目当てに東寺へ来る人多く活気にあふれ毎回多くの人で賑わいます。パン屋さん、どら焼き屋などが人気のようです。

日本各地でフリーマーケットが開催されておりますが、その起源となったのがこの「弘法市」だという説もあります。

 

また毎月第1日曜日には骨董市(がらくた市)が開催されていてこちらも多くの人で賑わいます。こちらは骨董品の販売がメインとなります。

 

またこの日は弘法市にちなんで東寺の大師堂では国宝の弘法大師坐像が特別開帳されますので弘法大師像を拝観しながら弘法市を楽しむのもいいですね。

 

弘法市・骨董市開催データ

開催時間:朝5時~夕方4時ごろ(日没まで)

雨天の場合:基本的に雨天決行、しかしお店によっては出店しなかったり早く店を閉めてしまう可能性があるので注意!

 

東寺ライトアップ(期間限定)

東寺は美しい五重塔など境内のライトアップで人気があります。五重塔だけでなく季節によって美しい紅葉や夜桜も美しく、京都の風情を充分に堪能していただくことができます。

ライトアップとあわせて立体曼荼羅の講堂や、大きな薬師如来が祀られる金堂も公開されていて幻想的な景色の中、拝観することができるので多くの観光客で賑わいます。

東寺のライトアップ期間・拝観時間

基本的に春と秋

 

春:3月中旬~4月中旬

秋:10月下旬~12月上旬

拝観時間:午後6時30分~午後9時30分

東寺ライトアップの混雑状況

ライトアップはその時期や人気により混雑状況が変わりますのでなんともいえないのですが、私が訪問した時間は夜間拝観が終わるころの時間に近かったので比較的空いていた印象があります。

東寺の仏像について

 

ではいよいよ仏像について紹介していきましょう。しかし東寺は境内がとても広く、仏像もものすごく多くの場所で展示されています。どこも仏像好きなら必見の仏像ばかりなので最初は仏像が祀られている場所の概要を説明します。

 

東寺の仏像の主な展示場所をあげると、、、

・講堂(立体曼荼羅)

・金堂(薬師如来ファミリー)

・食堂(焼け残った仏像)

・宝物館(千手観音や毘沙門天★期間限定★)

・観智院(五大虚空蔵菩薩★期間限定★)

・御影堂(期間限定)

・五重塔(内部は★期間限定★)

すべてのお堂がいつも見れるワケではないので注意!

と、こんなに多くあります。またどの仏像も国宝や重要文化財級がゴロゴロ、どの仏像も見逃すことができません。そのため各お堂の仏像が公開される公開の日はたっぷり時間を確保しておきましょう。

 

期間を問わずいつ行っても仏像を参拝できるのは講堂食堂金堂の主に3ヶ所になります。

 

東寺には国宝に指定されている仏像の多くが通称・立体曼荼羅の名を持つ講堂にあります。この講堂の立体曼荼羅は空海が日本で広めたいと思っていた密教の真理のカタチであり、空海さんが人びとに密教を広めたいと考えていた理想像が再現されています。まずは立体曼荼羅とはについて触れてみます。

 

立体曼荼羅とは

 

東寺を訪れる場合には、まず「立体曼荼羅(りったいまんだら)」を少し知ってから行かれるととても楽しくなるので、仏像をご紹介する前に立体曼荼羅とは?について少しご紹介させていただきます。

 

仏教の教えの1つである密教、そのなかの真言宗では、仏さまの世界には金剛界(こんごうかい)と胎蔵界(たいぞうかい)という2つの世界があるとされ、この世界の仏さまがどこにいるのか、わかりやすく伝えようと密教では上下左右に見える仏様を地図のように絵で描いて表現していました。これが曼荼羅です。

 

これを空海さんは絵ではなく立体的に仏像やその配置でこの曼荼羅を表現することに成功したのです。これが講堂の仏像たちであり、立体曼荼羅と呼ばれているのです。

しかしながら空海が東寺の講堂に配置した仏像たちは、空海の発願で作られたのですが、完成したのは空海の死後である承和二年(835)でした。空海は立体曼荼羅を見ることはできなかったようです。

さらに立体曼荼羅を分解していきましょう。立体曼荼羅は主に「如来ゾーン」「菩薩ゾーン」「明王ゾーン」「天部ゾーン」と4つに分類することができます。

如来ゾーン

まず如来ゾーンですが真ん中に五智如来という5体の如来像を配置します。その中心は真言宗の根幹仏である大きな大日如来です。

 

菩薩ゾーン

五智如来像に向かって右側には金剛界曼荼羅おける「金剛波羅蜜多菩薩」(こんごうはらみったぼさつ)を中心とした5体の菩薩像(五菩薩)を配する菩薩ゾーンがあります。

中央の金剛波羅蜜多菩薩は、倒壊や火災等で後に修正され、金剛波羅蜜多菩薩を除いて国宝に指定されており、平安前期の代表的な仏像です。

これらの菩薩は如来が人々を救済するために化身した慈悲の姿。そのため、これらの菩薩たちは表情がやわらかな女性的な姿で表現されます。

明王ゾーン

 

向かって左側には「不動明王(ふどうみょうおう)」を中央に配した五大明王が少し怖い表情で配置されています。

これらは人々の心に入り込もうとするいくつもの煩悩(ぼんのう)を阻止してくれる仏様です。煩悩によって人々が犯されることを「明王」は厳しく怖い顔で断ち切ってくれているのです。

また明王の背後には炎を背負って描かれますが、これは仏の世界に入ろうとする煩悩をこの火で燃やし尽くしてしまうといわれています。

 

天部ゾーン

いままで紹介してきた仏さまたちの周囲を囲む天部の仏像たち。天部ゾーンはいわばガードマンたち。立体曼荼羅の外側に立って、外部の敵に対してにらみを効かせています。

如来・菩薩・明王の左右に、東西南北を守る「持国天(じこくてん)」、「広目天(こうもくてん)」、「増長天(ぞうちょうてん)」、「多聞天(たもんてん)」の4つの仏様、四天王を配し、それに「梵天(ぼんてん)」と「帝釈天(たいしゃくてん)」を加えて六天(神)で、密教界の仏様の守護をしています。

特に帝釈天と梵天は日本一のイケメン仏像として有名で、奈良興福寺の阿修羅像と肩を並べ仏像好きの女性たちから熱い指示を受けています!あなたな梵天派?!それとも帝釈天派?!どちらが好みですか?

 

 

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立体曼荼羅の概要としてはこんな感じ。皆さんも東寺に行ったら、この立体曼荼羅をぜひご自身の目で確かめてください。それぞれの仏像の表情を眺めているとまるで自分が立体曼荼羅の世界に入ったかのよう。仏像が身近なものに思えてくるかもしれません。

今でもこの立体曼荼羅を見ると、空海の想い(現世で苦しむ人々がこの仏像たちを拝むことによって安らかな世界に導かれ救われるようになるという気持ち)が感じ取ることができる気がします。

その他、金堂(本堂)には東寺の本尊である薬師如来像(後ろには7仏が守る七仏薬師如来)がありますが、左右に日光・月光の両菩薩を伴い、台座には十二神将像がぐるりと如来を守るように配置された国の重文です。途中修復されていますが、奈良時代の代表的な仏像の形を見ることができます。

東寺には前に述べたように京都市で最も多い国宝や重要文化財の仏像が安置されています。では、続けてより詳しくひとつひとつの仏像にスポットライトを当ててみていきましょう。

東寺・講堂(立体曼荼羅)の仏像

振り返りを兼ねて改めて紹介します。講堂は弘法大師、空海が密教を伝えるために立体曼荼羅を作った、いわば東寺の中心となるお堂です。

寺の伽藍(がらん)配置でも、この講堂が寺境内の中心にあり、立体曼荼羅を表現した美しい仏像が並んでいます。このお堂の完成は平安時代の839年ですが、完成までに16年もかかりました。これは空海さんの死後4年も経過してのことです。またかなり大きな建物で、門から見ると金堂が先にありますが、その金堂とは周囲を回廊でつないでいました。

空海はここに21体の仏像を安置して立体曼荼羅を表現しましたが、立体曼荼羅の仏像はこの講堂の完成時に合わせて製作されたものです。現在国宝に指定されているのは21体中15体であり、これらはすべて創建当時の仏像たち(一部は後に補修などもしています)となり、平安時代へタイムスリップしてしまうような感覚になります。

仏像の多くは当時のものですが、残念ながら建物は金堂や山門などとともに、1486年の火災で焼失しました。

現在の講堂の建物は1491年に再建されました。これは金堂などの他の建物より一番先に再建されました。それだけこの講堂は寺の重要な位置を占めていたといえるでしょう。

講堂内の仏像は上で紹介したように大日如来を中心とした「五智如来像」が5体真ん中に配置され、その向かって右側に菩薩像5体、左側に明王像5体の全部で15体が並んでおり、その周りを天部像が3体ずつ全部で6体、全部で21体が配置されています。そのうち15体が国宝で、中央の五智如来像5体などがのちの再建時の製作ということで重要文化財となっています。

この仏像たちは通常いつでも拝観可能、京都駅からも近いのでどんどん行っていただきたいと思っております!では立体曼荼羅と称された東寺・講堂内部の仏像について順に紹介していきましょう。

 

東寺講堂立体曼荼羅:如来ゾーンの仏たち

こちらは講堂の立体曼荼羅の中心となる金剛界の大日如来を中心とした5体の仏像ですが、残念ながら国宝ではなく全て国の重要文化財となっています。これは講堂が1486年に焼失した時にオリジナルの像も焼け、1497年に講堂を再建した時に再興されたものとなっています。

大日如来(だいにちにょらい)坐像、附・金剛界四仏(こんごうかいしぶつ)坐像 【重文】(1467年)

 

大日如来(だいにちにょらい)坐像 【重文】(1497年)〈康珍作〉 寄木造り、漆箔仕上げ 玉眼 像高:285cm

大日如来は密教が日本に伝わってから作り始められた仏であり、比較的新しく入ってきた如来です。他の如来や菩薩、明王など全ての仏は大日如来の化身とされています。梵語名はヴァイローチャナ。宇宙の中心であり、宇宙の真理そのものであると考えられています。

 金剛界の大日如来は、智拳印(ちけんいん:左手親指を中に入れて人差し指を立てた拳をつくり、立てた人差し指の二節から上を右手の拳で握り込む形で、「最高の智」を表します。五智如来の内、この大日如来だけが、五智宝冠と呼ばれる冠(かんむり)をかぶっています。

蓮華座に結跏趺坐(けっかふざ:仏教とヨーガにある瞑想する際の座法)し、瓔珞(ようらく:装身具)、臂釧(ひせん:上腕につける腕輪)、腕釧(わんせん:手首につける装身具)を身につけています。

光背には多数の化仏が配置されていて、この中には平安時代の当初化も含まれているようです。この金剛界の仏像は、中尊のこの大日如来坐像は室町時代の作ですが、それ以外の4体は阿弥陀如来の頭部を除いて、すべて江戸時代になって再興、または後補されたものです。1497年(室町時代)に運慶の子孫を自称する康珍の作です。

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阿?如来(あしゅくにょらい)坐像 【重文】(江戸時代中期) 漆箔 像高:144cm

阿?如来は梵語名アクショーブヤの音訳であると言われており、 鏡のように全てを映し出すという意味で「大円鏡智」と呼ばれる智を表します。

 

左手で納衣(のうえ:僧尼が身に着ける袈裟<けさ>)の端を握り、右手は降魔印(ごうまいん)を結んでいます。

降魔印(触地印<そくちいん>とも呼ばれます。)とは、悟りを開いた釈迦に挑んだ悪魔に対し、釈迦が指先を地面に触れると地神が現れ、釈迦の悟りを証明し、悪魔を退散させたとの逸話から、悪魔を退ける身振りとして地面に触る(さわる)しぐさをいいます。

顕教(けんぎょう:密教の反対語で、仏教の中で、秘密にせず明らかに説かれた教えのこと)における薬師如来と同じ東方に位置することから同尊とする考え方もあり、阿?如来は病いを治すといわれる場合もあります。

 大日如来以外の如来は、1枚の衣をまとうだけで、装飾品は身につけていません。 悟りを開いた釈迦の姿ですので法具は必要ないのです。また、頭部の髪は如来独特のパーマのような螺髪(らほつ)となっており、 開いた蓮の花の上に結跏座(けっかざ:足の裏を上にしたあぐら)して坐しています。

 

阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像 【重文】 (頭部は平安時代) 漆箔 像高:139cm

この像だけが平安時代の当初像頭部を転用しています。他と違い定朝様のふっくらとした穏やかな顔つきをしています。

阿弥陀如来は梵語名アミターユス・無量光の音訳とされており、 無量光(むりょうこう)あるいは、無量寿(むりょうじゅ)如来と 呼ばれる場合もあります。

さまざまな世の中の事象をよく観察し、その正しい姿を思惟(しい)する深い智慧(ちえ)とされる 「妙観察智(みょうかんざっち)」を持つとされています。

 

阿弥陀如来は極楽浄土にから迎えにくる際、人間の能力や信仰の程度によって、 九つの段階に分け、その人にふさわしい印を表すとされています。これを「九品来迎印( くぽんらいごういん)」と呼びます。

この講堂の阿弥陀如来は、人差指と親指で輪を作った両方の掌を 腹部の前で上向きに組む「阿弥陀定印(上品上生)」の印を結んでいます。

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宝生如来(ほうしょうにょらい)坐像 【重文】 漆箔 像高:143cm

宝生如来は梵語名ラトナサムバヴァといいます。全ての存在には絶対の価値があるということを示し、 総ての民の利益を本願とする平等性智(びょうどうしょうち)を持つとされています。

 左手で衣の端をにぎり、右手、掌を前側に向けて下げる「与願印」(よがんいん)を結んでいます。
これは、人々の願いを聞き入れ望むものを与えようとする身振りを表現しており、 宝生如来の深い慈悲を表わしています。
このことから「宝生」という名が生まれたと思われます。

不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)坐像 【重文】 漆箔 像高:133cm

不空成就如来は梵語名をアモーガシッディといい、アモーガ(=不空)は 「空(むな)しからず」という意味を持ち、
何事も漏らさず成し遂げることを表しています。

何物にもとらわれず実践するという意であり、するべきことを成就させる智慧、 「成所作智(じょうそさち)」を持つとされています。

 

左手で衣の端をにぎり、右手、掌を正面に向け胸の前に上げる「施無畏印」(せむいいん)を結んでいます。
これは、畏(おそ)れを持っている人に、それを無くするよう手助けし、 畏れることのない力を人々に与えることを表現しています。

 

東寺講堂立体曼荼羅:菩薩ゾーンの仏たち

菩薩ゾーンの仏像の紹介。立体曼荼羅で五大菩薩が祀られる菩薩ゾーンは向かって右側に安置されています。

五大菩薩坐像 4躯(金剛薩・金剛法・金剛宝・金剛業)附 金剛波羅密多菩薩坐像

この五大菩薩像は真ん中に「金剛波羅蜜菩薩(こんごうはらみたぼさつ)」、その周りに「金剛薩捶菩薩(こんごうさったぼさつ)」「金剛業菩薩(こんごうぎょう)」「金剛法菩薩(こんごうほうぼさつ)」「金剛宝菩薩(こんごうほうぼさつ)」が配置されています。

 

このうち中尊の金剛波羅蜜菩薩(こんごうはらみたぼさつ)像だけが江戸時代中期の後補のため、文化財の指定はされていません。

ここで、この如来と菩薩の違いを、少し解説しますね。

「如来」とは悟り(さとり)を開いた仏様です。一方「菩薩」は悟りを求めて修行をしている仏のことで、まだ如来になっていません。しかしここにおられる菩薩は人々の願いをかなえるために如来が菩薩に変身しているのです。

それでは詳しく五大菩薩を紹介していきます。

金剛波羅密多菩薩坐像 【無指定】 (江戸時代中期) 漆箔 像高197cm

 

後から再制作されたので5体の中で一番金色に輝いていますね。文化財の指定はされていませんが、他の菩薩像(国宝)を率いて象徴となる存在です。2mもあり5体のうちでも一番に大きな像です。周りの国宝仏も製作当時はきっと、このように輝いていたのでしょうね。

この像は、五智如来の中尊、大日如来が、人々を救済するために、 菩薩(慈悲の姿)に化身したものとされています。

金剛薩捶菩薩(こんごうさったぼさつ)坐像 【国宝】(839年)漆箔(一部乾漆) 像高:95cm

 

国宝の菩薩像4体はすべてヒノキ材の一木造です。表面は漆箔で金箔が貼られていたのですが、今はかなり剥がれ落ちていて黒っぽい印象です。五智如来の東尊、阿?如来(あしゅくにょらい)が、人々を救済するために、 菩薩(慈悲の姿)に化身したものとされています。

 

金剛業菩薩(こんごうほうぼさつ)坐像 【国宝】(839年製)漆箔(一部乾漆) 像高:95cm

 

五智如来の北尊である不空成就如来が、人々を救済するために、菩薩(慈悲の姿)に化身したものとされています。

金剛法菩薩(こんごうほうぼさつ)坐像 【国宝】(839年)漆箔(一部乾漆) 像高:96cm

金剛法菩薩は、五智如来の南尊、阿弥陀如来が、人々を救済するために、 菩薩(慈悲の姿)に化身したものとされています。

金剛宝菩薩(こんごうほうぼさつ)坐像 【国宝】(839年)漆箔(一部乾漆) 像高:93cm

 

五智如来の五智如来の南尊、宝生如来が、人々を救済するために、 菩薩(慈悲の姿)に化身したものとされています。

この各菩薩の慈悲深いお顔、お姿を眺めていると自分たちも救われるという気持ちになりますよね。それぞれの菩薩像も表情や手の位置、指の仕草などにそれぞれ意味があるといわれています。

 

東寺講堂立体曼荼羅:明王ゾーンの仏たち

さて続いて明王ゾーンの仏像の紹介。明王ゾーンの五大明王像は立体曼荼羅の仏像に向かって左側に安置されています。

五大明王像(不動明王・降三世明王・大威徳明王・軍荼利明王・金剛夜叉明王 の5躯)【国宝】( 839年)

「明王」も密教では「如来」が変身した姿だといわれます。明王像の特徴はなんと言っても忿怒(ふんぬ)の表情。どれも強そうで怖く、光背も火炎を背負っていてすべてを燃やし尽くす力を持っています。これには意味があります。

一般に、明王の役割は

仏教に帰依しない人々を、力づくでも仏教に導く

  • 快楽に浮かれている人の心を打ち砕く

  • 仏教界をおびやかす間違った考えや悪から守る

このような役割があると言われています。

五大明王もそれぞれの役割がありますので、それぞれの仏像の特徴と役割に触れていきますね。

不動明王(ふどうみょうおう)坐像 【国宝】 彩色(乾漆補) 像高:173cm

 

839年に造像された日本最古の不動明王像です。彩色あざやかな怒りの表情の不動明王。光背は激しい炎で燃えています。この燃えさかる炎であらゆる障害と悪を焼き尽くすのです。迫力がありながら、平安初期の明王らしく怒りに込めた慈悲が感じられるようです。この不動明王をマネした不動明王の仏像が不動明王ブームに乗って日本各地に広がっていきます。

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不動明王は大日如来の化身とされ、怖い顔つきをしていますが、これは悪魔を降伏させるためなのです。決して我々に対して怒っているワケではありませんのでご安心あれ!

ただ障害となるすべての事柄を打ち砕き、おとなしく仏道に従わないものは無理矢理にでも導き救済するという役目を持っているので、不動明王の言うことを聞かず悪いことばかりしていると不動明王に怒られてしまうので覚悟しましょう。

不動明王の力をもらえる?

 

降三世明王(こうざんぜみょうおう)立像 【国宝】 彩色(乾漆補) 像高:177cm

 

降三世明王は阿?如来(あしゅくにょらい)の化身として、過去、現在、未来の「三世」における、貪欲(どんよく:非常に欲がふかいこと)・瞋恚(しんに:怒り・憎しみ・怨うらみなどの憎悪の感情)・愚痴(ぐち:無知によって惑わされ,すべての事象に関してその真理をみない心の状態)の三煩悩(ぼんのう)を取り除いてくれます。

四面(しめん:顔が4つ)・八臂(はっぴ:手が8本)で、正面の顔には眉間(みけん)にも目があり三目となっています。元シヴァ神である大自在天(だいじざいてん)とその妻である鳥摩妃(うまひ、パールヴァティ)を踏みつけています。

 

なぜ人間を踏みつけているの?と思われるかもしれません。それにはこのような逸話があります。ヒンドゥー教の守護神であるシヴァ神とその妻ウマーは、自分たちこそ世界の支配者だ!としてシャカの教えを説いた仏教には従おうとしませんでした。

そこで、大日如来が恐ろしい忿怒身に変身して降三世明王に姿を変え、シヴァとウマーを力で降伏させました。この容赦のない踏みつけに降三世明王の強さ、怖さを感じずにはいられません。

大威徳明王(だいいとくみょうおう)騎像 【国宝】 彩色(乾漆補) 像高:103cm

 

すべてを一木から彫り出しています。大威徳明王阿弥陀如来の化身として、一切の悪を降伏させる力があります。六面(顔が6つ)・六臂(ロッピ:腕が6本)で、さらに足が6本あるのはこの明王だけです。この特徴から六足尊(ろくそくそん)の別名もあります。水牛にまたがって武器を持って火炎が身を包んで怒った表情をしています。

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軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)立像 【国宝】 彩色(乾漆補) 像高:185cm

軍荼利明王宝生如来の化身として、目に見えない外敵・煩悩や障害を取り除いてくれます。一面三目八臂(はっぴ)で武器を持ち、激しい怒りの表情をしています。軍荼利(ぐうだり)の語源には「とぐろを巻いた蛇」「甘露(不死の霊薬あ入れる壺)」という2つの意味があります。

 

このため、像の身体の各部に蛇が巻き付いて表現されます。 また、 「甘露をいれる壺」という意味もあることから、 不治の妙薬の甘露の信仰にもなっています。岩礁の上に咲く蓮華(れんげ:ハスの花)の上に乗っています。

金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)立像 【国宝】 彩色(乾漆補) 像高:174cm

金剛夜叉明王不空成就如来の化身として、過去・現在・未来の三世にわたる一切の様々な欲望・悪を
金剛杵(こんごうしょ:密教の法具)で打ち砕くとされています。

「金剛杵(こんごうしょ)をもつ夜叉(やしゃ:インド神話の鬼神であったが、仏教では仏教を守護する善神の要素が加わった)」という意からこの名がついています。

三面(顔が3つ)六臂(腕が6本)で、さらに中央の顔に5つの目(通常の目の位置に、上下2つずつ、眉間に1つ)という特徴を持っています。軍荼利明王と同じく蓮華(れんげ)の上に乗っています。

東寺講堂立体曼荼羅:天部ゾーンの仏たち

四天王立像 【国宝】(839年) 4体すべてが国宝です

四天王は釈迦の説法に感銘し仏教に帰依し、釈迦入滅後の法の守護を託(たく)されたと言われ、東西南北各方角から敵の侵入を防ぐガードマンの役割を持っています。各4体ともに自分の持ち場である方角を持っています。鎧をまとったいかにも強さを強調し、怒りの表情で外敵を威嚇する表情が特徴です。一方でその四天王に踏みつけられる邪鬼(じゃき)は可愛らしい存在で、踏みつけに耐える邪鬼を見るのも四天王拝観のポイントですよ。

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多聞天(たもんてん)立像 【国宝】 彩色 像高:164cm

 

多聞天は北方の守護神ビャイシュラバァナのことで、毘沙門天(びしゃもんてん)とも呼ばれ、甲冑(かっちゅう)を着て、左手に金剛棒をもっていて戦に強い守護神として信仰されてきました。多聞天は別名・毘沙門天ともいい、ソロで祀られることもある四天王のなかでも人気の高い天部です。

 

担当の方角は北を担当しています。北は鬼門方角で特に大事な方角です。よって四天王の中のリーダーであるこの多聞天がつとめています。また手に宝塔などを持っていて、財宝・蓄財の神としても広く信仰されています。

多聞天は如来の道場を守り、法を聞くことが最も多いということからこの名前がついています。他の四天王は足元に邪鬼を踏みつけていますが、この多聞天は尼藍婆(にらんば)、毘藍婆(びらんば)という2邪鬼を従えた地天女(ちてんにょ)の上に立っているのが特徴です。

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持国天(じこくてん)立像 【国宝】 彩色 像高:184cm

立体曼陀羅の東南に配置されています。四天王像で最も動きがあり平安時代初期像の代表格です。

東方の守護神です。持国天の梵語名はドリタラーシュトラといい、 「国土を支えるもの」との意味を持つことから「持国天」と呼ばれます。

増長天(ぞうちょうてん)立像 【国宝】 彩色 像高:187cm

立体曼陀羅の西南に配置されています。

 

同じ南方配置の持国天と比べて動きは少ないですが、ふっくらした堂々たる体型の像で、静かな中にもかなりの迫力があります。

広目天(こうもくてん)立像 【国宝】 彩色 像高:173cm

立体曼陀羅の北西に配置されています。

 

多聞天とともに兜(かぶと)をかぶっており、これは北側配置の四天王像の特徴になっています。

イケメン仏!梵天(ぼんてん)・帝釈天(たいしゃくてん)坐像 【国宝】( 839年)

これらの梵天と帝釈天像はそれぞれ、立体曼陀羅東端と西端に配置されています。

梵天(ぼんてん)坐像 【国宝】 彩色 像高:101cm

四面の顔を持ち四本の腕を持つ密教色の強い梵天です。建立時製作の像ですが、前面以外の顔,腕先,台座は後からの再興となっています。

梵天はインドの古代神話での宇宙創造の神です。

バラモン教では梵卵(ぼんらん)を二つに割り天と地を創造したとされていて、梵天は鎮国利生(ちんこくりしょう:国を守り、利益をもたらすこと)・仏法守護を行うものとして、四天王・帝釈天とともに如来・菩薩・明王を守護しています。仏教では悟りを開いた釈迦に対し、 人々に説法するようにうながしたのが梵天だと言われています。

四面(しめん:顔が4つ)・四臂(しひ:腕が4本)で、 正面の顔のみ額に第三の目を持っており、4羽の鵞鳥(がちょう)が支える蓮花の上に坐しています。

帝釈天(たいしゃくてん)半跏(はんか)像 【国宝】 彩色 高さ:110cm

帝釈天は甲冑の上から菩薩のような衣をまとう姿をしています。

創建当初は東側に配置されていたのが西側に入れ替わっているようです。補修が多く、頭部,右腕,象の台座が後からの再興です。

古代インド神話の戦いの神インドラが元となり、 甲冑(かっちゅう:よろい、かぶと)をまとい象に乗り金剛杵(こんごうしょ:ヴァジュラ)をとって毒龍と戦い、阿修羅に勝利し仏門に帰依させた英雄とされています。 一面三目二臂で白象には半跏踏み下げの姿勢で乗っています。

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東寺大師堂(御影堂:みえいどう)の仏像

 

ここは空海が10年間居住していたお堂です。初期のお堂は1379年に焼失しており、現在の建物は1380年に再建されたものです。建物は国宝となっています

 この大師堂では今でも空海が生きている時と同じように毎朝6時に空海へ食事やお茶を供えて供養(生身供:しょうじんく)が行われています。

 

ここに紹介する国宝の仏像2躯は秘仏です。

 

不動明王(ふどうみょうおう)坐像・天蓋 【国宝】(9世紀後半) 像高123cm、ヒノキ材の一木造り 彩色像(一部に乾漆を併用)

大師堂の裏にも入り口があり、ここに不動明王の祭壇(西院)があります。この不動明王は弘法大師の念持仏であったといわれており、なんでも 大師が入定(即身仏になる)に高野山へ向かう際に蓮花門(れんげもん)まで見送ったという伝説が残っています。なお蓮花門は僧坊にあるため立ち入りができません。

この仏像が絶対秘仏となったのは、平安時代末期に光背を修理した人がすぐに亡くなったためという言い伝えが残されています。誰も見たことがない絶対秘仏ですが、国宝です。

この像は絶対誰も見たことがないという秘仏なのですが、以前文化財の調査で公開されたことがあり、日本の美術「貞観彫刻」至文堂刊に掲載されている写真を載せておきます。

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弘法大師坐像 【国宝】(鎌倉時代 1233年)〈康勝作〉

北側の礼堂の奥にまつられています。日本最古の弘法大師(空海)の坐像といわれています。製作者は運慶の4男の康勝(こうしょう)で、空海の弟子の真如が描いた空海の肖像とほぼ同じといわれています。

この像は普段は厨子に入っており秘仏のため見ることができません。毎月21日に開帳されます。また普段は毎朝6時~7時半の定時法要時には開帳されるようです。

東寺の宝物館(春と秋に公開)

 

春秋の2回(各2か月間)特別公開がされたときに拝観可能です。さすがは宝物館、たくさんの仏像や仏具など東寺に伝わるさまざまな文化財が展示されていますが、その中でも特に注目すべき仏像についてご紹介したいと思います。

兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)立像 【国宝】(中国唐時代) 像高189.4cm 宝物館

 

大師堂近くにある小さなお堂「毘沙門堂」に安置されていた仏像です。もともとは食堂(じきどう)にあった毘沙門天像を祀るために江戸時代に建てられましたが、毘沙門天像は現在、お堂には無く宝物館収蔵されています。

毘沙門天」は四天王の「多聞天」が単独であらわれるときの別名でもありますが、兜跋(とばつ)毘沙門天は四天王とはなりません。この兜跋毘沙門天像は大型の四方宝冠をいただき、宝冠の正面には鳳凰(ほうおう)、左右の面には武装した人物が描かれています。

裾(すそ)が膝頭(ひざがしら)まで隠れる金鎖甲(きんさこう)をまとい、エビの腹のような模様の籠手(こて)を肩からつけています。

右手には戟(げき)を持ち、左手には塔を掲げています。足下には邪鬼を2体従えた地天女両手の上に立つ姿です。これは講堂の多聞天と同じですね。

 

兜跋毘沙門天像の最古のものとして価値が高く、また唐から我が国に伝来した彫像のなかでも屈指の出来映えの仏像といわれています。この像を模造して兜跋毘沙門天像が日本各地に造られるようになりましたが、次第に日本独自の色を強めていきました。

 

兜跋毘沙門天は、唐の天宝元年(742)、現在のウイグル地区にあった安西城が敵国に包囲され、玄宗皇帝に援軍の要請が届きました。このため皇帝は不空に祈祷を命じ、不空は毘沙門天に祈ったのです。すると安西城の楼門に兜跋毘沙門天が出現して敵を追い払ったという伝説によっています。

 本像も最初は平安京の入り口門である羅城門(羅生門)上に安置されていましたが、大風により羅城門が倒壊し、この像は東寺へと持ち込まれたと伝わっています。

千手観音立像(旧食堂本尊) 【重文】(平安時代) 漆箔 像高:584.6cm

 

現在は宝物館の2階に安置されています。宝物館の中でもひときわ大きくて存在感があります。平安時代の中頃、醍醐寺を開山した聖宝(しょうほう)が食堂(じきどう)の本尊として造立され、東寺の観音様として信仰されてきました。1930年の火災による損傷も激しく、昭和43年(1968)に3年かけて修復をし、宝物館で展示されるようになりました。

 

東寺・金堂

 

私のまわりの仏像ファンのなかにはこの金堂の薬師三尊像が好きという方もたくさんいます。現在の金堂は1603年に豊臣秀吉の子豊臣秀頼の寄進によって再建されたものです。

1486年の火災で講堂などとともに焼失しましたが、講堂が1491年に再建されたのに対し、こちらの金堂は1603年ですから100年以上再建が遅れたことになります。ここには寺の本尊「黄金の巨大な薬師如来像」が安置されています。

薬師如来及両脇侍像(薬師如来三尊)【重文】(江戸時代1603年)〈康正作〉像高 288cm 寄木造り 漆箔仕上げ。

この薬師三尊像も金堂が再建された1603年に仏師「康正(こうしょう)」によって造られました。薬師如来坐像の光背には七仏薬師如来が配されています。

薬師如来は金堂の本尊であり、東寺全体の本尊という位置づけです。薬師如来坐像は坐像としては丈六仏(2.4m)よりも大きな2.88mもあります。桃山時代の東寺大仏師であり、運慶の末裔と称している「康正」の作です。

薬師如来に向かって右側に日光菩薩立像、左側に月光菩薩立像を配置した奈良時代の伝統形式を受け継ぐ三尊像となっています。当初の金堂は東寺が弘法大師へ譲られる以前からあり金堂の薬師三尊像は東寺が弘法大師へ譲られる以前からあり、その当時は密教では無いので、この像は後の作ではありますが、密教寺院となる以前の東寺創建時の様子を伝えていると考えられています。

さてよく見ていただきたいのですが、この薬師如来像の台座下には十二神将像がいます。この祀り方は全国的にも大変めずらしいです。

十二神将は薬師如来の眷属で全12体あり、大きさはそれぞれ93cm~111cmの比較的小さな仏像です。ヒノキ製の寄木造りで1603年~4年にかけて、康正の息子、康猶,康英らによって制作されたものです。鎌倉彫刻の流れを引き継ぐ写実的な仏像になっています。

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東寺・食堂(じきどう)

 

食堂とは僧侶が生活の中に修行を見出す場所でありますが、現在は納経所(写経の場)となっています。また、南大門、金堂、講堂、食堂(じきどう)と南から北へ一直線にならぶ伽藍配置になっている寺の大切な場所でもあります。

食堂は16世紀に地震で倒壊し、その後19世紀に再建されたのですが、これも1930年に火災で焼失し、現在の建物はその後に再建とされたものです。

 

 

堂内には千手観音像をはじめ重要な仏像も多数ありましたが、火災のため大半が移動されました。

食堂の本尊である千手観音像も火災時も奇跡的に損傷が軽く、修理されたあと宝物館へ移動されています。現在の食堂では本尊の千手観音立像のレプリカ(奈良美術院の仏師、明珍恒男晩年の作の十一面観音像)と表面が炭になってしまった四天王像2体(文化財指定が解除されています)のみが安置されています。

 

東寺・観智院(かんちいん)

観智院は北大門を出て櫛笥(くしげ)小路を進んだ右側にあります。観智院は真言宗密教の教学所です。今でいう大学の研究室のようなところです。

東寺の三宝と言われている「頼宝(らいほう)」「杲宝(ごうほう)」「賢宝(けんぽう)」の中「杲宝僧正」が1359年に創建し、五大虚空蔵菩薩を本尊としてまつりました。春秋などに特別公開されることがありましたが、近年は割と拝観できるようになっています。客殿は書院造で、国宝に指定されています。

五大虚空蔵菩薩像(伝恵運将来)【重文】

観智院本尊の五大虚空蔵菩薩像は唐からの請来像で、長安の青龍寺の本尊であったとの伝承があります。

 

東寺・鎮守八幡宮

東寺の鎮守八幡宮は寺の入り口である南大門を入ってすぐ左側にあります。東寺の説明ではこの八幡社殿は、796年に空海が東寺の鎮守(ちんじゅ)として創建したとされていますが、810年の薬子の変(くすこのへん)に際して空海が八幡神(やはたのかみ)を祀り、社殿を建立したとも言われています。

八幡神の総本山は九州大分県にある宇佐神宮(うさじんぐう)で、創建は725年とされています。京都地方では石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)が有名ですが、この神社の創建が860年といわれているので、それより古い八幡社です。

また、南北朝時代に東寺の内外で戦闘が行われた際、鎮守八幡宮から神矢が飛んできて、東寺に布陣した足利尊氏(あしかがたかうじ)が勝利したとされています。

僧形八幡神坐像1躯、女神坐像2躯 【国宝】(平安初期)

 

残念ながらこの八幡三神像は通常公開されていまません。また特に公開される日も決まっていないので、特別な公開の機会がないと拝観は難しい仏像です。私は以前、展覧会でお会いして神像とは思えない大きなお像であったことが印象的でした。

 

まとめ

 

いかがでしたでしょうか?かなり熱が入ってしまい、かなり長い文章になってしまいましたが東寺の仏像への愛が伝われば嬉しいです!

 

東寺の仏像は私のような仏像ファンだけでなくたくさんの観光客を魅了します。東寺の立体曼荼羅がなぜここまで人々の心をふるわせるのかということを考えてみて、一つの考えが浮かびあがりました。

 

一般的にお寺で祀られている仏像というのは、仏壇や祭壇、厨子、収蔵庫などに祀られています。これというのは人間が仏さまを祀って拝むための、いわば人がつくりあげた場所です。

 

それに対して、この東寺の講堂の立体曼荼羅というのは、仏さまが住んでいる世界そのものに入ったという気がします。

 

そこは「人」ではなく「仏」の世界。そこには人の世界ではない異空間世界が広がります。講堂に入った我々は、異世界である仏さまの世界に入り込んでしまった…!そんな気持ちにさせられるのです。

 

この現象がほかにないか考えてみました。すると一つの場所が思い浮かびました。「ディズニーランド」です。この一種のテーマパークに入ってジェットコースターに乗ったような気分になれる東寺には、一瞬では味わい尽くせませんので、じっくり訪問してもらいたいです。

 

東寺をもっと知りたい時には!

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東寺の御朱印

東寺の御朱印はこちらです。今回は東寺の本尊である薬師如来の御朱印をいただきました。

東寺には「薬師如来」のほか、「不動明王」「八幡大菩薩」「虚空蔵菩薩」「大日如来」「毘沙門天」「十一面観音」「愛染明王」「弘法大師」などの御朱印をいただくことができます。

また期間限定の御朱印として「梵天」や「帝釈天」などの御朱印もあるようです。詳しくは東寺までお問い合わせください。

御朱印をもらえる場所

なお御朱印をいただける場所は「食堂」となります。食堂の場所は東寺の駐車場と、拝観受付の間にあります。

東寺(教王護国寺)の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

八幡山 普賢総持院 金光明四天王教王護国寺

宗派

東寺真言宗

住所

〒601-8473  京都府京都市南区九条町1

電話

075-691-3325

拝観時間・料金

金堂、講堂は、午前8時~午後5時(午後4時30分 受付終了)
※宝物館(春・秋)、観智院は、午前9時~午後5時(午後4時30分 受付終了)

ライトアップ期間の夜間拝観:午後6時30分~午後9時30分(午後9時 受付終了)

料金は時期・拝観場所によって変動

【講堂・金堂】

大人:500円~800円

中学生以下:300円~500円

【共通券(宝物館・観智院・五重塔初層など)】

大人:1,000円~1,300円

中学生以下:500円~800円

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