山形県寒河江(さがえ)市。山の中腹に、茅葺き屋根の大きな本堂が建っています。参道のまわりは、さくらんぼの農家です。

坂道を上ると、2階建ての山門が見えてきます。くぐった先の石段の上、石垣で一段高くなった境内に本堂。この寺が山の斜面に建っているので、境内にはこうした起伏があります。

慈恩寺は、国指定の文化財が8件、県指定が25件にのぼる、東北でも有数の「仏像がまとまって残るお寺」です。本堂の内陣には大きな厨子(宮殿)があり、本尊の弥勒菩薩坐像をはじめ、たくさんの像がその中に収められています。

私が2024年にツアーで訪ねたとき、いちばん見てほしいと思ったのは、薬師堂の中の対比でした。洗練された造形の十二神将。そのすぐそばに座る、素朴な顔立ちの薬師如来さん。同じお堂に並んでいるのに、顔つきがまるで違います。この違いが、慈恩寺をいちばん面白くしていると思っています。

茅葺き屋根の慈恩寺本堂
茅葺き屋根の慈恩寺本堂
慈恩寺と羽前高松駅・寒河江駅の位置(駅から徒歩約20分。タクシーは寒河江駅から)
慈恩寺と羽前高松駅・寒河江駅の位置(駅から徒歩約20分

慈恩寺・十二神将立像:薬師さんを守る、洗練された12人

十二神将立像(4体)
十二神将立像(4体)

十二神将は、薬師如来さんを守る12人の武将です。見分けの決め手は、頭の上の十二支の動物。子、丑、寅と、それぞれの頭に動物をのせています。

慈恩寺の十二神将は、鎌倉時代(13世紀後半)の作で、国の重要文化財です。薬師堂に安置されています。像はどれも小さいのに、衣の翻り方や体のひねり方まで、ていねいに彫り分けられています。小さな像ほど、作り手の腕がそのまま出る。私はそう見ています。

辰・午・未・申の4体は、江戸時代に補われたとみられます。鎌倉の8体と江戸の4体、見分けられるかどうか。試してみてください。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
12人もいると、顔を覚えきれません。
仏像リンク
仏像リンク
頭の上を見てください。子、丑、寅……十二支の動物がのっています!
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
動物で見分けるんですね。
仏像リンク
仏像リンク
そう、頭の上の動物が名札です。自分の干支の神将さんを探すのも楽しいですよ。
仏像カルテ<十二神将立像>

名称: 木造十二神将立像(重要文化財)

時代: 鎌倉時代(13世紀後半)。辰・午・未・申の4体は江戸時代の補作とみられる

材質: 木造。寄木造

特徴: 頭の上の十二支の動物で見分ける。小像ながら表現が豊かで、動きがある。薬師堂に安置。

慈恩寺・薬師如来坐像:素朴な顔の薬師さん

薬師如来坐像(中央)と日光菩薩・月光菩薩(左右)。「わたしは京都生まれ!」
薬師如来坐像(中央)と日光菩薩・月光菩薩(左右)

十二神将のすぐそばに座るのが、薬師三尊です。国の重要文化財で、中央が薬師如来坐像、左右に日光菩薩と月光菩薩が立ちます。

顔立ちは素朴です。十二神将が動きで守る像だとすれば、こちらは座ったまま、すべてを受けとめる像。同じ堂の中で、顔つきの違いをぜひ比べてみてください。見分けの決め手は、左手にのせた薬の壺です。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
写真の吹き出しに「わたしは京都生まれ!」とありますが。
仏像リンク
仏像リンク
本当なんです! 薬師如来さんは、京都で作られたと伝わります。
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
京都生まれで、素朴な顔?
仏像リンク
仏像リンク
そこが気になりますよね! この答えは、あとで一緒に考えましょう。

薬師如来坐像は、像に残る銘から、延慶3年(1310)に仏師・院保(いんぽ)が作ったことが分かっています。両脇侍は鎌倉時代末期の作で、京都からやってきた仏師たちがこの地で作ったと伝わります。薬師如来さんがどんな尊格なのかは、薬師如来の解説にまとめています。

仏像カルテ<薬師如来及び両脇侍像>

名称: 木造薬師如来及両脇侍像(重要文化財)

時代: 鎌倉時代末期。薬師如来坐像は延慶3年(1310)、銘から仏師・院保の作と分かる

像高: 薬師如来69.4cm、日光菩薩・月光菩薩 各109.1cm

材質: 薬師如来はヒノキの寄木造。日光・月光は一木から彫り出して前後に割矧ぎ。いずれも漆箔

特徴: 薬師如来は京都で作られ、両脇侍は京都から来た仏師がこの地で作ったと伝わる。薬師堂に安置。

慈恩寺・騎獅文殊菩薩と騎象普賢菩薩:獅子と象に乗る小さな像

獅子に乗る文殊菩薩と、脇に立つ3体
獅子に乗る文殊菩薩と、脇に立つ3体

乗っている動物で見分けます。獅子に乗るのが文殊菩薩、象に乗るのが普賢菩薩。どちらも国の重要文化財で、像高は40cm前後。本堂の宮殿に安置されています。

像高は40cm前後と小さく、遠くから眺めるより、一歩近づいて、獅子のたてがみや蓮の台の細工を探したくなる像です。

象に乗る普賢菩薩と、まわりの十羅刹女像(4体)
象に乗る普賢菩薩と、まわりの十羅刹女像(4体)

普賢菩薩のまわりに立つのは、法華経を守る女神、十羅刹女(じゅうらせつにょ)です。普賢菩薩さんについては普賢菩薩の解説もあわせてどうぞ。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
獅子の写真に「キリッ!」と書いてあります。
仏像リンク
仏像リンク
獅子の顔、たしかにキリッとしてますよね! 文殊さんを乗せているんですから、気合いも入ります。
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
こちらは、いつでも見られるんですか。
仏像リンク
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公開は期間を限ってのことが多いです。十羅刹女さんは特に見られないので、チャンスがあれば行きましょう!
仏像カルテ<騎獅文殊菩薩・騎象普賢菩薩>

名称: 木造騎獅文殊菩薩及脇侍像、木造騎象普賢菩薩及十羅刹女像(重要文化財)

像高: 文殊菩薩坐像37.2cm、普賢菩薩坐像37.1cm。十羅刹女像は36.4〜42.0cm

材質: 木造。文殊の一群は割矧造と一木造、普賢は割矧造、十羅刹女像は一木造

特徴: 獅子に乗る文殊、象に乗る普賢。文殊の一群は善財童子が失われている。本堂の宮殿に安置。

その他の見どころ

本尊の弥勒菩薩ほか五尊(1298年、国の重要文化財)は、本堂の宮殿にまつられる秘仏です。三重塔には大日如来坐像(1263年、県指定)が安置されています。像の中から血書の法華経が見つかった聖徳太子立像(1314年ごろ、県指定)もあります。特別展で公開される像もあるので、寺の「お知らせ」を確かめてから行くと、会える像が増えます。公式サイトのお知らせには、2026年は春に「不動明王と慈恩寺修験」、秋に「常行堂 宝冠阿弥陀」の特別展が案内されていました。

弥勒菩薩及び諸尊像(国指定重要文化財、鎌倉時代)
弥勒菩薩及び諸尊像(国指定重要文化財、鎌倉時代)
弥勒菩薩及び諸尊像(国指定重要文化財、鎌倉時代)
弥勒菩薩及び諸尊像(国指定重要文化財、鎌倉時代)
大日如来坐像(県指定文化財、像高73cm)
大日如来坐像(県指定文化財、像高73cm)
聖徳太子立像(県指定文化財、像高95.0cm)
聖徳太子立像(県指定文化財、像高95.0cm)
木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
阿弥陀如来坐像(県指定文化財、阿弥陀堂安置、像高87.2cm)
阿弥陀如来坐像(県指定文化財、阿弥陀堂安置、像高87.2cm)
軍荼利明王立像(県指定文化財、像高65.0cm)
軍荼利明王立像(県指定文化財、像高65.0cm)
虚空蔵菩薩坐像(像高32.0cm)
虚空蔵菩薩坐像(像高32.0cm)
二天王立像
二天王立像
如来坐像及び両脇侍立像(平安後期)
如来坐像及び両脇侍立像(平安後期)
如来立像(像高51.2cm)
如来立像(像高51.2cm)
聖観音立像(県指定文化財、像高108.3cm)
聖観音立像(県指定文化財、像高108.3cm)
力士立像(像高57.0cm)
力士立像(像高57.0cm)
慈恩寺の山門(楼門形式)。「舞楽の楽屋なんだ!」
慈恩寺の山門(楼門形式)
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
山門が、楽屋?
仏像リンク
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山門の2階から本堂に向かって舞台が組まれるので、山門が楽屋になるんです。毎年5月5日の一切経会(いっさいきょうえ)で、舞楽が奉納されます。

山門は1634年に楽屋堂として建てられ、1736年に再建されたもので、県の指定文化財です。

慈恩寺の御朱印
慈恩寺の御朱印

お寺の歴史と伝承

寺伝では、724年に行基が開き、746年に婆羅門僧正(ばらもんそうじょう)が開基したと伝わります。確かな記録は残っていません。

はっきりしてくるのは平安時代の終わりです。12世紀初頭、この地は「寒河江荘」という摂関家の荘園になっていました。京都の摂政・関白の家が領主だったので、都の文化が直接入ってきます。鳥羽上皇の勅宣で、仁平年間(1151〜1153年)に再建されたと寺伝は伝えます。

もとは法相宗の寺でした。のちに天台宗の影響を受け、鎌倉時代には源頼朝の影響を受けた高野山の弘俊阿闍梨(こうしゅんあじゃり)が来て真言宗も入り、室町時代には時宗も入ります。1622年に天台真言両宗兼学の寺になり、いまは慈恩宗の本山です。

正徳6年(1716)の慈恩寺一山絵図。「めっちゃ広い!」
正徳6年(1716)の慈恩寺一山絵図

むかしの境内は、いまの数倍の広さがありました。最上院・宝蔵院・華蔵院の三院のほか、48の坊がありましたが、いまは17坊に減っています。2014年には「慈恩寺旧境内」が国の史跡に指定されました。

慈恩寺旧境内(寒河江市公式サイトより引用)
慈恩寺旧境内(寒河江市公式サイトより引用)

主な歴史年表

724年: 行基が開いたと寺伝に伝わる

746年: 婆羅門僧正が開基したと寺伝に伝わる

12世紀初頭: 寒河江荘が摂関家の荘園として成立

1151〜1153年(仁平年間): 鳥羽上皇の勅宣で再建されたと寺伝に伝わる

13世紀後半: 十二神将立像がつくられる

1298年: 弥勒菩薩ほか五尊

1310年: 薬師如来坐像がつくられる(銘による)

1622年: 天台真言両宗兼学の寺になる

1634年: 楽屋堂として山門が建てられる(1736年に再建)

2014年: 「慈恩寺旧境内」が国史跡に指定される

なぜ、洗練と素朴が同じお堂にいるのか

最初の問いに戻ります。十二神将は13世紀後半、薬師如来坐像は1310年。つくられた年代は近いのに、顔つきはずいぶん違います。しかも薬師如来さんは、京都で作られたと伝わります。

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
京都で作られたのに、素朴な顔になるものですか。
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そこが気になりますよね。まず、なぜ京都の像が山形に来たのかを見てみましょう。

手がかりは、寒河江荘です。この地は京都の摂関家の荘園でした。都とのつながりが濃く、京都から仏師がやってきて、この地で像を作ったとも伝わります。さらに慈恩寺は、法相宗・天台宗・真言宗・時宗と、複数の宗派が重なってきた寺です。いろいろな時代、いろいろな祈りの像が1か所に集まっているので、顔つきにも幅が出る。そう考えると、この寺が「秘仏の宝庫」と呼ばれるのも分かります。

ここからは私の想像です。

「洗練」と「素朴」は、優劣ではなく、役目の違いなのではないでしょうか。十二神将は、動いて薬師如来さんを守る役。薬師如来さんは、座って、すべてを受けとめる役です。動く像の隣に座る像は、不思議と素朴に見えます。京都生まれの薬師さんの顔が素朴に見えるのは、隣に十二神将がいるからかもしれません。

まとめ:慈恩寺は、顔を比べる寺

慈恩寺には、小さな像がたくさんあります。十二神将、薬師三尊、獅子に乗る文殊、象に乗る普賢。どれも、1体だけ見るより、並べて見たときに顔つきの違いがはっきりします。

京都の摂関家の荘園だったこと、複数の宗派が重なってきたこと。その時間が、この小さなお堂の中に、いろいろな顔を残しました。洗練された顔と、素朴な顔。どちらが上でも下でもなく、顔を比べると、見えてくるものがあります。

では、「洗練」の手本は、そもそもどんな顔なのでしょう。木で彫った十二神将と、土でつくった十二神将。同じ12人でも、顔は同じなのでしょうか。

次に会いに行くなら

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慈恩寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

瑞宝山 本山慈恩寺

宗派

慈恩宗本山(天台真言両宗慈恩寺派)

住所・アクセス

〒990-0511 山形県寒河江市大字慈恩寺地籍31番地/JR左沢線 羽前高松駅から徒歩約20分(無人駅)、寒河江駅から車で約12分/寒河江ICから車で約15分、山形空港から車で約20分

電話

0237-87-3993

拝観時間・拝観方法

9:00〜16:00(年中無休)。ふだん拝観できるのは本堂と薬師堂。団体は公式サイトの案内を確認。個人の予約、撮影、駐車場はお寺に確認

拝観料金

大人700円(15名以上600円)、高校生500円、小中学生200円、未就学児無料

拝観時間・料金は変わることがあります。お出かけ前にご確認ください。参考:本山慈恩寺公式サイト

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