初めて仏像を見に行く人に、どこをすすめるか。私は東寺、三十三間堂、そして興福寺を挙げます。

近鉄奈良駅から東へ歩くと、奈良県庁の目の前に境内が広がります。猿沢池の水面に五重塔が映る、あの眺めのある寺です。人通りの絶えない奈良の町の真ん中に、奈良時代の漆の像と、鎌倉時代の木の像が、同じ敷地で並んでいます。

猿沢池の向こうに見える興福寺の五重塔
猿沢池の向こうに見える興福寺の五重塔

ただ、この寺は何度も焼けています。いま会える像は、焼け跡から運び出されたり、頭だけ残ったり、持ち物を失ったりしたまま、それでも立っている像が多い。その目で歩いてみます。

国宝が多すぎて全部は追えないので、まず見る3つを決めておきます。阿修羅像、天燈鬼・龍燈鬼、北円堂の無著・世親像。そのあとに、余裕があれば国宝館と各堂へ足を伸ばしてください。

近鉄奈良線の駅と興福寺の位置を示した地図。「近鉄奈良線からならとっても近いよ」の吹き出しつき
近鉄奈良線の駅と興福寺の位置を示した地図

興福寺・阿修羅像:空の手は、持っていたものを覚えている

国宝館の外観。ケーキをかかげた赤い像のイラストが添えられている
国宝館の外観

国宝館の中に、八部衆立像が並んでいます。阿修羅像はそのうちの1体です。

八部衆は、古代インドで信じられていた神々が、仏教を守る側に回った存在です。五部浄、沙羯羅、鳩槃荼、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、畢婆迦羅の8体。もとは西金堂(いまはありません)の本尊・釈迦如来の周りに安置されていました。

八部衆立像の8体を並べた写真。「スーパーアイドルユニット『八部衆』」の文字つき。左端の五部浄は頭から肩までの姿
八部衆立像の8体を並べた写真
阿修羅像の正面と左右の顔。「八部衆のひとり・阿修羅像」の文字つき
阿修羅像の正面と左右の顔

阿修羅さんの顔は3つ。少年のような細い体に、眉を寄せた表情です。戦いの神なのに、よろいを着ていません。

私が足を止めてほしいのは、手です。6本の腕のうち、いま何かを持っているものはありません。ところが作られたころは、第二の手に太陽と月、第三の手に弓と矢をかかげていたそうです。空になった手が、持っていたものの形のまま上がっている。そう見ると、あの細い体が少し違って見えてきます。

両腕を広げ、3つの顔を持つ阿修羅像の全身
両腕を広げ、3つの顔を持つ阿修羅像の全身

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
顔が3つあるのに、全部同じ表情なんですか?
仏像リンク
仏像リンク
少しずつ違います! 光の当たり方で、同じ顔が引き締まって見えたり、神秘的に見えたりするんです。
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
見る位置で表情が変わる。
仏像リンク
仏像リンク
だから正面だけで帰るのは、もったいないです。

阿修羅という名は、古代インドのアスラに由来します。帝釈天(インドラ)と戦い続ける神として語られ、争いの場を「修羅場」と呼ぶ言葉にもつながります。仏教に取り入れられてからは、釈迦を守る神になりました。くわしくは阿修羅の解説にまとめています。

帝釈天と阿修羅
帝釈天と阿修羅

八部衆は乾漆造です。漆に浸した麻布を重ねて形をつくる技法で、木の像より軽く、表面がなめらかに仕上がります。作者は仏師の将軍万福と伝わります。

仏像カルテ<阿修羅像>

名称: 乾漆八部衆立像のうち阿修羅像(国宝)

時代: 奈良時代

像高: 153.4cm

材質: 乾漆(漆と麻布を重ねる)

特徴: 3つの顔と6本の腕。少年のような細い体。合掌する1組以外の手は、いま何も持っていない。

興福寺・天燈鬼・龍燈鬼:踏まれていた鬼が、灯りをかかげる

灯籠を頭にのせた鬼と肩にのせた鬼の2体。「いつも四天王に踏まれてばかりだけど…」「ここでは僕が主役!」の文字つき。左上の小さな写真は、四天王の足に踏まれる鬼
灯籠を頭にのせた鬼と肩にのせた鬼の2体

四天王さんの足の下には、たいてい邪鬼がいます。踏まれて、顔をゆがめている鬼です。その邪鬼が独立して、仏前を照らす役に就いたのが、この2体です。

天燈鬼は2本の角と3つの目を持ち、口を大きく開いて、灯籠を左肩にのせています。龍燈鬼は、上半身に巻きついた龍の尾をつかみ、頭の上の灯籠を上目づかいににらみます。阿と吽、赤と青、動と静。2体を並べると、あちこちが対になっています。

上は灯籠を頭にのせた鬼の顔、下は灯籠を肩にのせた鬼の顔
上は灯籠を頭にのせた鬼の顔、下は灯籠を肩にのせた鬼の顔

踏まれ役だった鬼は、ここでは重い灯籠を支える側です。罰を受ける役から、仕事を任される役へ。この2体の顔が、どこか誇らしげに見えるのは、そのせいだと私は思っています。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
重そうな灯籠ですね。ふたりとも必死の顔。
仏像リンク
仏像リンク
頭にのせる鬼と、肩にかつぐ鬼で、持ち方もちがうんです。
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
踏まれるより、ずっと働いてますね。
仏像リンク
仏像リンク
主役になったぶん、仕事も重いです!

鎌倉時代の慶派らしく、筋肉や血管まで木で彫り出されています。龍燈鬼は、運慶の三男・康弁の作と伝わります。ふだんは脇役の邪鬼に、ここまで細かく手をかけた。そこに、作った人の遊び心が見えます。

天燈鬼・龍燈鬼(『天の仏像のすべて』より)
天燈鬼・龍燈鬼(『天の仏像のすべて』より)
仏像カルテ<天燈鬼・龍燈鬼>

名称: 木造天燈鬼立像・龍燈鬼立像(国宝)

時代: 鎌倉時代

像高: 天燈鬼 78.2cm/龍燈鬼 77.8cm

材質: 桧の寄木造、彩色、玉眼

特徴: 天燈鬼は2本の角と3つの目で、灯籠を左肩にのせる。龍燈鬼は龍の尾をつかみ、灯籠を頭にのせる。

興福寺北円堂・無著・世親像:運慶が彫った、人の顔

北円堂の外観。「北円堂」の文字と、壺のようなものを抱えた僧のイラストつき
北円堂の外観

北円堂は、ふだんは扉が閉じている堂です。春や秋などの特別公開のときに開きます。日程は公式サイトで確かめてから行ってください。公開中の情報はいま見られる秘仏・特別公開にもまとめています。

八角形の堂は、興福寺をつくった藤原不比等の一周忌にあたる721年に建てられました。境内の西のはずれで、平城京を見渡せる場所です。創建時の堂と像は11世紀なかばに焼け、中尊の弥勒像は頭部だけが残ったと伝わります。再建された堂も、1180年にまた焼けました。いまの北円堂は、鎌倉時代に再建されたものです。

北円堂の外観。八角形の屋根の上に宝珠がのる
北円堂の外観

焼けた弥勒像の頭は、新しく造られた像の中に納められたと記録されています。壊れたものを捨てずに、次の像の中へ入れる。この寺の人たちの手つきが、ここによく出ています。

世親(左、「弟」の文字)と無著(右、「兄」の文字)の上半身。無著は両手で箱のようなものを持つ
世親と無著の上半身

堂の中でまず目に入るのが、無著像と世親像です。インドに実在した兄弟のお坊さんで、法相宗の教えを築いた人として敬われました。仏の姿ではなく、人の姿で表されています。

無著像は老人の顔で、手に箱を持ち、右下を見ています。世親像は壮年の顔で、左の遠くを見ています。目には水晶をはめる玉眼が使われ、光が当たると、まなざしが濡れたように見えます。

無著像と世親像の顔の拡大。「なんてキレイな瞳をしているんだ…」の吹き出しつき
無著像と世親像の顔の拡大

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
吹き出しのとおり、目が本当に生きているみたいです。
仏像リンク
仏像リンク
水晶をはめた玉眼ですからね。像の顔に、人の顔のしわや、くぼみを彫る。そこが運慶の肖像彫刻です!
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
神さまの顔じゃなくて、人の顔。
仏像リンク
仏像リンク
そう、会いに来た人と目が合うんです。

無著・世親像は、国の指定名に「運慶作」とあります(国指定文化財等データベース、1208年)。鎌倉時代初期の写実的な肖像彫刻として、屈指の像です。

仏像カルテ<無著・世親菩薩立像>

名称: 木造無著菩薩立像・世親菩薩立像(国宝)

時代: 鎌倉時代(1208年)

像高: 無著 194.7cm/世親 191.6cm

材質: 桂の寄木造、彩色、玉眼

特徴: 老いた無著は箱を持ち、壮年の世親は遠くを見る。インドの兄弟僧を、人の姿で表した肖像彫刻。

中央の弥勒如来坐像

弥勒如来坐像の2枚。「運慶プロデュースによる、運慶晩年の大作」の文字と、「大仏師・運慶」と添えられた小さな坐像つき
弥勒如来坐像の2枚

この2体に挟まれるように、中央に座るのが本尊の弥勒如来坐像です。運慶が中心になって造りました。弥勒は56億7千万年後に悟りを開くとされる仏で、この像は、はるか未来にその姿に至った弥勒如来を表しています。

頭は堂々として、目、ほお、口もとの輪郭がしっかりと彫られています。同じ北円堂の無著・世親像と比べると、人の顔を彫った像と、悟った仏の顔を彫った像が、同じ堂の中で向かい合っているのが分かります。弥勒の解説は弥勒如来とはにあります。

仏像カルテ<弥勒如来坐像>

名称: 木造弥勒如来坐像(国宝)

時代: 鎌倉時代の初め

像高: 141.9cm

材質: 桧の寄木造、彩色

特徴: はるか未来に悟りを開いた弥勒如来の姿。北円堂の本尊。

その他の見どころ

国宝館:頭だけの仏頭と、5mの千手観音

国宝館の外観。左手前に木々が見える
国宝館の外観

国宝館は、かつてあった食堂(僧が食事をした堂)の姿を復元して、1959年に建てられました。外観の屋根は本瓦葺きで、地下には旧食堂の遺構がそのまま保存されています。

阿修羅像のほかにも、国宝が並びます。

銅造仏頭の正面と横顔。「長い間、存在を忘れられていました…」「1937年に発見されました」の文字つき
銅造仏頭の正面と横顔

銅造仏頭(国宝・白鳳時代)は、飛鳥の山田寺の本尊の頭部と伝わります。685年の造像で、書物によって年が分かることから、白鳳彫刻の基準になる像です。東金堂の本尊として迎えられたのは1187年。1411年の火災で堂とともに被災し、頭だけが残りました。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
頭だけ、台座の中にあったんですか?
仏像リンク
仏像リンク
1415年に再建された東金堂の台座に納められて、見つかったのが1937年です。
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
500年以上、誰も気づかなかったんですね。
仏像リンク
仏像リンク
それでも、のびやかに流れる眉は、頭だけになっても残りました。
銀造仏手。ひじから手首までの部分
銀造仏手

同じ台座から、銀造の仏手も見つかっています。ひじから手首までが42.2cm。奈良時代の銀の仏像で、いま残っているのは、東大寺法華堂本尊の宝冠の化仏と、この手だけです。ひじの大きさから、もとの像は2m前後あったと考えられています。

国宝館の千手観音立像。「興福寺国宝館のなかで1番の存在感」「木造千手観音菩薩立像【国宝】〈鎌倉時代(1229年頃)〉」の文字つき
国宝館の千手観音立像

国宝館の中央に立つのが、木造千手観音菩薩立像(国宝)です。像高520.5cm。鎌倉時代に再建された食堂の本尊です。頭の上に仏面が1つ、その上に10の仏面を重ねた十一面の観音で、38本の脇手が左右3段に取りつけられています。像内の年紀から、1229年ごろに完成したと考えられています。千手観音の解説は千手観音とはへ。

金剛力士立像の2体。「筋肉ムキムキ感がすごい!!」の文字と、驚いた顔の坐像のイラストつき
金剛力士立像の2体

金剛力士立像(国宝)は、門に立つ仁王像とは違い、西金堂の須弥壇にあった像です。ほぼ等身大で、阿形154.0cm、吽形153.7cm。胸から腹にかけての筋肉と、浮き出た血管が、近くで見ると細かく彫られています。1288年に善増と観実が修理したことが分かっています。仁王像の見分け方は仁王像の解説にあります。

金剛力士立像の上半身。力こぶを見せる筋肉質の男性のイラストが添えられている
金剛力士立像の上半身

板彫十二神将立像(国宝・平安時代)は、厚さ3cmほどの1枚の桧板に浮き彫りされた12面です。東金堂の本尊・薬師如来の台座の周りに貼られていたと考えられています。彩色ははがれて木肌が出ていますが、武器を構え、全身で動くようすが残っています。絵と彫刻のあいだのような像で、類例が少なく、どこか笑いを誘う表情もあります。

東金堂:向かい合う維摩居士と文殊菩薩

東金堂の外観と五重塔。「東金堂」の文字と、武具を持つ像のイラストつき
東金堂の外観と五重塔

東金堂は、726年に聖武天皇が、叔母の元正太上天皇の病気の回復を願って建てたお堂です。いまの建物は1415年の再建で、奈良時代の雰囲気を伝える寄棟造りです。

東金堂と五重塔。堂の前に参拝者が立つ
東金堂と五重塔
維摩居士坐像の2枚。「人々を救うことを考えすぎて激やせしちゃいました…」の文字と、「やりすぎ仲間」と矢印で示されたやせ細った坐像のイラストつき
維摩居士坐像の2枚

維摩居士坐像(国宝・鎌倉時代)は、定慶の作とされます。維摩は古くから、仏教徒の手本とされてきた人物です。像は老人の顔で、深いしわや浮き出た血管まで写実的に表されています。人々の苦しみを背負うあまり病に伏した、という経典の一節を、そのまま形にしたものです。

文殊菩薩坐像。「維摩居士さんと対等に話ができるのは僕だけ」の吹き出しつき
文殊菩薩坐像

向かい合う文殊菩薩坐像(国宝・鎌倉時代)は、若々しい顔です。維摩の見舞いに、釈迦の代理で訪れた文殊だけが、対等に話ができた。そのやりとりを表した組み合わせだとされます。文殊菩薩の解説は文殊菩薩とはにあります。

南円堂:不空羂索観音と、猿沢池の伝え

南円堂の外観。「南円堂」の文字と、赤いオープンカーに乗った人物のイラストつき
南円堂の外観

南円堂は、西国三十三所の第9番札所です。813年に藤原冬嗣が、父の内麻呂の冥福を願って建てました。基壇を築く地鎮祭で、和同開珎などの硬貨がまかれたことが、発掘調査で分かっています。いまの建物は江戸時代中期の1741年に建てられた、4度目のものです。

南円堂の外観。八角形の屋根が重なり、前に石灯籠が立つ
南円堂の外観

本尊の不空羂索観音菩薩坐像は、像高336.0cm。眉間に1つ、あわせて3つの目を持ちます。不空羂索は「願いをむなしくさせない縄」の意味で、すべての人をもれなく救う観音です。肩から斜めにかけた鹿の皮は、藤原氏の氏神・春日社との結びつきを表しています。康慶らの作とされる鎌倉時代の像です。公開は年に1日と案内されてきましたので、日付は公式サイトで確かめてください。不空羂索観音の解説もあわせてどうぞ。

不空羂索観音坐像の2枚。「すべての人々を漏れなく救う」「仏師・康慶作」の文字と、手を合わせる人物のイラストつき
不空羂索観音坐像の2枚
南円堂の外観に、不空羂索観音坐像の写真を重ねた画像
南円堂の外観に、不空羂索観音坐像の写真を重ねた画像

この堂は、鎌倉再建のあとに2度、火災にあっています。それでも本尊は無事でした。大きな像なので、火事のときは分解して猿沢池に沈め、類焼を免れた、という話が伝わります。

鍬をかついだ村人のイラスト。「みんなでがんばって…守ってきたんだよ!」の吹き出しつき
鍬をかついだ村人のイラスト
仏像カルテ<不空羂索観音菩薩坐像>

名称: 木造不空羂索観音菩薩坐像(国宝、南円堂)

時代: 鎌倉時代

像高: 336.0cm

材質: 桧の寄木造、漆箔、彫眼(瞳は玉眼)

特徴: 眉間の目を含めて3つの目。肩から鹿の皮をかけ、光背とともに大きな三角形に収まる姿。

中金堂と五重塔

中金堂の外観。「中金堂」の文字つき
中金堂の外観

中金堂は、かつて興福寺の中心だった堂です。2018年に再建され、落慶法要が行われました。

落慶法要の日の中金堂。「あたらしい中金堂がお目見えしました」の文字つき。堂の前に大勢の人が集まっている
落慶法要の日の中金堂
五重塔を斜め下から見上げた写真
五重塔を斜め下から見上げた写真

五重塔(国宝)は、730年に光明皇后が建てました。現在の塔は1426年ごろの再建で、高さは50.1mです。初層の四方には、薬師、釈迦、阿弥陀、弥勒の三尊が安置されています。

御朱印と、町歩き

興福寺の御朱印2種
興福寺の御朱印2種

御朱印は境内でいただけます。参拝のあとは、ならまちを歩くのもおすすめです。

柿の葉寿司のイラスト
柿の葉寿司のイラスト

歩き方

近鉄奈良駅から東へ歩くのが近道です。JR奈良駅からは少し離れるので、循環バスを使うと楽です。伽藍の正式な入り口は、猿沢池のほうの南側にあたります。

境内は、国宝館・東金堂・五重塔のある東のエリアと、北円堂・南円堂・三重塔のある西のエリアに分かれ、200mほど離れています。中央の南大門跡は、猿沢池の北側です。順番は、国宝館(阿修羅、天燈鬼・龍燈鬼)、東金堂、中金堂、南円堂と北円堂の外観。北円堂の公開日なら、そこで内部へ。そのまま奈良公園を東へ歩けば、東大寺の南大門に出ます。

お寺の歴史と伝承

東金堂と五重塔。「興福寺の歴史」の文字つき
東金堂と五重塔

興福寺は、東大寺が国の官寺だったのに対し、奈良・平安時代に権力の頂点にいた藤原氏の氏寺でした。法相宗の大本山です。

病床の藤原鎌足と、見舞う鏡女王のイラスト。「あなたの病気が早くよくなるよう、お寺つくるわね」の吹き出しつき
病床の藤原鎌足と、見舞う鏡女王のイラスト

始まりは669年。藤原鎌足が重い病にかかったとき、夫人の鏡女王が、回復を願って山階寺を造ったと伝わります。壬申の乱のあとに飛鳥へ移され、710年の平城京への遷都で、鎌足の息子の藤原不比等が、いまの場所に移して興福寺と呼ばれるようになりました。賢憬、修円、徳一など、多くの僧がここから育ちました。

徳一上人像(福島・勝常寺)
徳一上人像(福島・勝常寺)
エプロン姿の女性たちが銃を持つイラスト。「巨大な軍事力をもつようになりました」の文字つき
エプロン姿の女性たちが銃を持つイラスト

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
お寺が軍事力を持つって、どういうことですか?
仏像リンク
仏像リンク
藤原氏の氏寺で、広い荘園を持っていたので、僧が武力を持つようになったんです。南の興福寺と北の比叡山で「南都北嶺」と並べて呼ばれました!
仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
並べられる相手が比叡山……。
仏像リンク
仏像リンク
鎌倉幕府も、興福寺が実際に治めた大和国には手を出せなかったといわれています。
織田信長の肖像。「僧兵怖いから潰そ!」の吹き出しつき
織田信長の肖像

その力は、戦国時代の終わりに削がれました。織田信長の比叡山焼き討ちや、豊臣秀吉の刀狩で、僧兵の勢いはなくなっていきます。さらに明治の廃仏毀釈では、廃寺同然になるほどの被害を受けました。

廃仏毀釈で燃えさかる炎を描いた木版画。「明治時代におこった廃仏毀釈運動でたくさんの仏像が燃やされました。」の文字つき
廃仏毀釈で燃えさかる炎を描いた木版画

それでも修理と整備が重ねられ、1998年には「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されました。

「世界遺産に登録」の文字と、寺院、五重塔、大仏、青い鬼のイラスト

主な歴史年表

669年: 鏡女王が、夫の藤原鎌足の病気回復を願って山階寺を造ると伝わる

710年: 平城京への遷都で、いまの場所に移り興福寺となる

721年: 北円堂が建てられる

726年: 東金堂が建てられる

730年: 五重塔が建てられる

813年: 藤原冬嗣が南円堂を建てる

1180年: 平氏の火で、境内の多くの堂が焼ける

1210年ごろ: 鎌倉再建の北円堂が完成する

戦国時代の終わり: 僧兵の勢力が失われる

明治時代: 廃仏毀釈で大きな被害を受ける

1998年: 世界遺産に登録される

2018年: 中金堂が再建される

なぜ、興福寺には四天王像が4組もあるのか

興福寺を歩くと、四天王さんにやたらと出会います。東金堂、北円堂、中金堂、南円堂。堂ごとに、四天王が立っています。四天王は四隅を守る像ですから、1つの堂に1組あれば足ります。それなのに、なぜ4組もあるのでしょうか。

東金堂の四天王立像の4体。「頭から足先まで、1本の木で造られました。」の吹き出しと、木のイラストつき
東金堂の四天王立像の4体

東金堂の四天王立像(国宝・平安時代)は、約160cmの一木造です。頭上から足元の邪鬼、台座までを、1本の桧から彫り出しています。瞳には黒漆が使われています。

北円堂の四天王立像のうち2体。足の下に邪鬼がいる
北円堂の四天王立像のうち2体
四天王立像の1体。「みんなで北円堂をまもっています!」の吹き出しつき
四天王立像の1体

北円堂の四天王立像(国宝・平安時代)は、約135から140cmの木心乾漆造です。鎌倉の運慶たちが造った像よりも、ずっと古い。大安寺の四天王像だったと記録されています。大きな身振りで、下半身に力を入れた立ち方で、どこか少しユーモラスです。

四天王立像の4体を2段に並べた写真
四天王立像の4体を2段に並べた写真
四天王立像の4体と、その顔や上半身の拡大。像には「広目天像」「増長天像」「持国天像」「多聞天像」の札が添えられている
四天王立像の4体と、その顔や上半身の拡大

中金堂の四天王立像(国宝・鎌倉時代)は、約200cmの桂の寄木造です。南円堂にあった像で、2018年の中金堂の落慶にあわせて移されました。南円堂には、いま別の四天王(鎌倉時代、桧の寄木造、約200cm)が安置されています。四天王の解説は四天王とはにあります。

北円堂には、もとは鎌倉の再建のときに、運慶一門が造った四天王がいたはずです。いつのまにか現在の像に入れ替わったようで、中金堂の四天王が本来の北円堂の像ではないか、という見方も研究者のあいだにあります。

ここからは私の想像です。

四天王は四隅を守る役目ですから、どの堂に置いても務めは同じです。堂が焼けるたびに、焼け残った像を、足りない堂へ回して、役目を続けさせた。そう考えると、4組になった理由も、入れ替わった理由も、同じ線でつながります。像は堂に属しているのではなく、人が運んで、守ってきたものなのかもしれません。

まとめ:興福寺は、欠けたものと一緒に立っている

空になった阿修羅さんの手。台座の中で500年以上忘れられた仏頭。入れ替わった北円堂の四天王。踏まれる役から灯りの役に回った鬼。この寺の像は、どれも完全な姿のまま残ったわけではありません。

それでも、人は堂が焼けるたびに、像の頭だけでも運び出し、次の像の中に納め、堂を建て直してきました。興福寺は、できあがった姿を見る寺ではなく、受け継がれてきた姿を見る寺だと、私は思います。

さて、北円堂の無著・世親像は1208年です。平氏が興福寺を焼いたのは1180年。では、奈良が焼けた6年後、運慶はどこで、どんな像を造っていたのでしょうか。

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
奈良のそばにいなかった、ということですか?
仏像リンク
仏像リンク
奈良の運慶を見たあとで伊豆の像を見ると、見え方がまるで変わりますよ!

次に会いに行くなら

奈良が焼けた6年後に、運慶が都の外で造った像を見るなら、静岡の願成就院。北円堂の像より20年ほど前の仕事です。不動明王像と毘沙門天像の内側から見つかった木札で、1186年に運慶が北条時政の願いで造ったことが分かっています。奈良の運慶と見比べると、運慶が地方で何を造ったかが見えます。

静岡伊豆の国・願成就院の仏像|運慶作の阿弥陀如来・不動明王・毘沙門天に会う(拝観料・時間つき)運慶の名が、像の中から見つかった木札に書かれている。願成就院は、そういう寺です。 静岡県伊豆の国市。伊豆箱根鉄道の韮山駅か伊豆長岡駅から...

そのまま奈良公園を東へ歩くなら、東大寺。鎌倉の復興は東大寺でも進みました。南大門の仁王像は、運慶・快慶らが69日で造ったとされる像です。

奈良・東大寺の仏像|奈良の大仏・法華堂の不空羂索観音・戒壇堂の四天王に会う(拝観料・時間つき)奈良の大仏さんに会える寺が、東大寺です。ただ、この寺の面白さは大仏さん1体では終わりません。土、漆、金属、木。素材を変えながら、奈良時代...

運慶の姿と伝わる像に会うなら、京都の六波羅蜜寺。運慶の姿を写したと伝わる伝運慶坐像があります。北円堂の像を見たあとに、運慶という仏師の顔を想像してみてください。

京都・六波羅蜜寺の仏像|空也上人立像・伝運慶坐像・秘仏十一面観音に会う(拝観料・時間つき)京都・東山、鴨川の東側。清水寺へ向かう参道のすぐ近くで、京阪「清水五条」駅から歩いて7分ほどの住宅街に、朱塗りの本堂が立っています。六波...

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興福寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

興福寺(こうふくじ)

宗派

法相宗大本山

住所・アクセス

〒630-8213 奈良県奈良市登大路町48/近鉄奈良駅から東へ歩いてすぐ。奈良県庁の目の前

電話

0742-22-7755

拝観時間・拝観方法

9:00〜17:00(受付は16:45まで)。国宝館・東金堂・中金堂。北円堂は春や秋などの特別公開、南円堂は年に1日の公開のみ。日程は公式サイトで確認

拝観料金

国宝館・東金堂・中金堂それぞれに拝観料がかかります。金額は改定されることがあるため、お出かけ前に公式サイトでご確認ください

拝観時間・料金・公開日は変わることがあります。お出かけ前にご確認ください。参考:興福寺公式サイト

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地方仏の魅力を再発見!この3冊で仏像初心者から中上級者までを網羅。これを読んで地方仏の魅力を感じてみてください、きっと仏像探訪の楽しみ方が広がります!

見仏記 (文庫)|みうらじゅん&いとうせいこう

こんな仏像の楽しみ方あったんだ!仏像の魅力を120%引き出す!仏像の初心者~中上級者まで万人におすすめの1冊。お寺のチョイスも全国津々浦々で地方仏めぐりの本としても使える本。

新TV見仏記 

映像と共に魅せる、みうらじゅん&いとうせいこうの笑い満載掛け合いを体験せよ。めちゃくちゃ楽しい2人の掛け合い、本だけじゃなくて映像でも楽しめるなんていい時代になったなぁ〜

 

地方仏を歩く|丸山尚一 

地方仏めぐりのパイオニア丸山尚一さんの至高のシリーズ。レア本だからなかなか手に入らないかもしれないので、下記リンクから在庫を見つけたら即購入必至!

【各エリアのおすすめ仏像本】

仏像リンク
仏像リンク
ここからはよりエリアに特化したおすすめ本を紹介します!

■東北エリア

図説 みちのく古仏紀行 

東北地方仏の魅力と深淵が詰まった究極のガイド

■関東エリア

東京近郊仏像めぐり 

一冊で東京近郊の仏像が全て分かる、東京近郊仏像巡りの必須ガイドブック、結構マニアックなお寺も載ってます!

■東海エリア

東海美仏散歩 愛知・岐阜・三重 

東海地方美仏の魅力を余すことなく探索!写真と詳細データ満載の新刊で東海地方の仏像を堪能

■関西エリア

1冊でわかる滋賀の仏像 文化財鑑賞ハンドブック 

滋賀の仏像が一冊で手に入る!京都・奈良の次は滋賀へ、美の旅へと引き寄せる鑑賞ハンドブック、仏像のキホンも網羅してます

奈良仏像めぐり(たびカル) 

豊富な写真と可愛らしいデザインのちいさな旅行ガイドブック。女性にもおすすめ奈良探索のお供にぴったり!

京都仏像めぐり (たびカル) 

上で紹介したたびかるシリーズの京都版。仏友さんへのプレゼントにもおすすめ!