【見仏入門】No.18 福島・勝常寺の仏像・見どころ/国宝薬師如来坐像・日光菩薩月光菩薩・徳一など


 平泉の中尊寺は有名なのですが、東北地方にもう1か所国宝の仏像が安置されている場所があります。それが会津盆地にある勝常寺(しょうじょうじ)です。

 

皆さんは徳一(とくいち)いう僧侶を御存知でしょうか?

 

奈良時代末期から平安時代の初めにかけて真言宗の空海、天台宗の最澄と並び称される法相宗(ほっそうしゅう)の名僧です。また最澄や空海よりも25年ほど前の生まれと言われていますが正確にはわかりません。

 

最澄とは宗教談義で5年間にもわたって論争を繰り広げ、空海にも書簡を送っています。

 

藤原仲麻呂の第9子(11男という説もある)として生まれたと伝わり、奈良の興福寺で修業をした後、若くして東国へ旅立ち筑波山を開山(中禅寺)したのに続き、そこから会津まで多くの山々などにたくさんの寺を建立しました。そしてたどり着いた会津で磐梯山の麓を中心に布教に勤めました。このため会津には徳一が広めたとする仏教文化がたくさん残されています。当時七堂伽藍御たちならぶ寺がたくさんあり、僧侶の数もかなりいたようです。東北地方で最も早く仏教文化の花開いた地域で、奈良、京都、鎌倉、平泉と並ぶ日本五大仏都であったとも言われています。今回はその中で平安初期の仏像(国宝)が残る勝常寺を紹介します。

勝常寺会津33観音10番札所でもあります。この札所めぐりに訪れる方も多いようです。

 

 

勝常寺へのアクセス

 

 勝常寺は会津若松市の北に隣接する河沼郡湯川村にあり、会津盆地の中央部です。会津若松駅からバス20~30分ほどです。バスも市内観光の循環バスや路線バスなどがありますが、あまり便はよくありませんのでよく調べてお出かけください。寺の西側には阿賀川が流れており、寺の東となりは勝常小学校ですので目印になります。入り口に古びた仁王門と何本かの大きな石柱が立っています。

 

門の正面に薬師堂がありますがこれは昔の講堂で、現在は本堂として使われています。

 

ここには本尊の薬師如来坐像が安置されていますが、その他の仏像は右手の収納庫に安置されています。お寺の方がいれば参拝は可能ですが拝観には事前に予約された方がベターです。

 

毎年4月28日には薬師如来の祭礼として念仏踊りが催されています。

 

 

勝常寺の歴史

 法相宗の名僧徳一は奈良時代の終わりころ、若くして東国に仏教の教えを広めようとやってきました。そして筑波山に中禅寺を建立(伝782年)し、関東から東北地方南部に多くの寺を建てていきました。そして徳一会津までやってきて807年磐梯山の麓に慧日寺(えにちじ)を建立しました。その後会津地方に多くの寺を建立し、一大仏都が誕生しました。なぜ、会津にこのような文化圏が誕生したのでしょうか?

 

調べてみると、慧日寺建立の前年の806年に会津磐梯山が大噴火をおこしています。

 

この噴火で磐梯山は2000m級の富士山型の山であったものが、4つの頂を持つ山になったと記録されています。人々はこの噴火により恐怖を抱き、噴火による作物の不作で飢餓に苦しんでいたことが想像されます。そのような中、この徳一法師の思想がこの地の人々に受け入れられていったのではないかと思います。

 

 

慧日寺建立後、住民たちが多く暮らす会津盆地の中心部である現在の湯川村に、この勝常寺(しょうじょうじ)を建て薬師三尊を祀ったと伝えられています。

建立された年代ははっきりしませんが807年~820年の頃だと考えられます。

 

勝常寺徳一法師の興した寺であると書かれた直接的な資料はありませんが、この会津に仏教文化をもたらしたのは徳一法師であり、当時の状況を考えると当然徳一法師がかかわっていたと考えられます。

 

この勝常寺別名中央薬師と呼ばれています。徳一法師がこの勝常寺を取りかくむように東西南北に薬師如来を配置した寺を建立しました。

これらの五か所の寺をまとめて「会津五薬師」と呼んでいます。

 

 

これはあまり知られていませんが、徳一が筑波山に中禅寺を開き、それを守護するために東西南北に薬師堂を配置したと伝わる「筑波四面薬師」と同じ構図にみえます。でもこれらの寺も今ではその痕跡が少し残っているだけです。

 

一方会津地方では、中央薬師「勝常寺」を囲うのが東方薬師「慧日寺(えにちじ)」(磐梯町)、西方薬師「上宇内薬師堂」(会津坂下町)、北方薬師「北山薬師」(北塩原村)、南方薬師「野寺薬師」(会津若松市)です。すべてに薬師如来像を安置したと思われますが、現在残されているのはこの勝常寺と上宇内薬師堂だけです。

会津五薬師
中央:勝常寺薬師
:恵日寺薬師
西:上宇内薬師
:野寺薬師
:北山漆薬師

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勝常寺薬師如来像は国宝で、上宇内薬師堂の像は国の重要文化財指定となっています。

 

この五薬師以外に柳津町に日本三虚空蔵の一つに数えられる「柳津虚空蔵」(やないづこくぞう)を建て、空海作とも言われる虚空蔵菩薩を祀ったともいわれています。この虚空蔵堂は円蔵寺(えんぞうじ)という臨済宗の寺が管理しています。

 

 

会津地方ではこれらとは別に会津徳一五大寺といわれている寺があります。

中央が勝常寺、東方は根本寺として慧日寺、西方浄土として鳥追観音如法寺、奥会津への要所に円蔵寺、北方の要所に慈眼寺 (示現寺)というものです。

 

徳一は民衆からは、徳一菩薩とも呼ばれ尊崇されました。しかし当時、都には新たな仏教信仰が起こっていました。それが最澄の天台宗と空海(弘法大師)の真言宗です。これは会津地方にも都からの伝達があったようです。徳一最澄とは5年間にわたって宗教談義を書簡にてやり取りしています。法相宗は長い時間をかけて修業を重ねたものが極楽浄土に行けるという思想は万人に受け入れられるには厳しい教えだったのかもしれません。しかし、徳一は一歩も引かずに自らの教えの正当性を訴えています。

 

 

また空海徳一法師には一目置いていたようで、争いこそしていませんが、お互いの教義を尊重していたようです。徳一の没後、この地方にも空海などの教えが広まって行き、勝常寺も鎌倉時代後期から真言宗になり、近世まで京都仁和寺の末寺となっています。

 最盛期の慧日寺は、寺領18万石、寺僧300、子院3800坊を数え、僧兵6000人いたと伝えられます。またこの勝常寺は、創建当時には七堂伽藍とその附属のたくさんの建物が立ち並んでいたと伝えられます。慧日寺跡地は現在金堂が再建されており、当時の薬師如来をしのばせる復興像が祀られています。

 

勝常寺の念佛踊りは、空也上人(10世紀後半)頃に始まり、一遍上人(13世紀中期)の頃に盛んになったといわれています。

 

勝常寺の踊りは一般に「会津念仏踊り」といわれ、八葉寺で毎年8月に行われる「空也念仏踊り」とともに古くから行われてきたといわれています。

勝常寺のたぬき

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しょっ、しょっ、しょうじょうじ~、しょうじょうじのにわは~」で有名な野口雨情作詞・中山晋平作曲の日本の童謡「しょうじょうじのたぬきばやし」、一見この会津の勝常寺のことを想像しがちですが、こちらのお寺ではありません。野口雨情が千葉県木更津市を訪れた際に聞いた、證誠寺の狸囃子伝説を元に作詞したものです。

悲しい歌ではありますが、町中ではたぬきの像で溢れていたり、毎年10月になると地元の子どもたちが伝説にちなんでたぬきと和尚の扮装をしておどるたぬき祭りが開かれたり、町ではすっかりたぬきが定着しています。
興味のある方は、こちらのしょうじょうじも是非一度足を運んでみて下さい。

勝常寺の仏像の詳細

 勝常寺には東国(関東・東北)としては驚くほどたくさんの仏像が安置されています。全体では30体ほどありますが、平安時代初期と思われる仏像が12体もあり、この寺の建立された当時に安置されたものと考えられます。それぞれの像は薬師堂と収蔵庫にわかれて安置されており拝観のお願いをすると、薬師堂と収蔵庫の両方をお寺の方がご案内していただけます。個人的には薬師堂薬師如来が暗がりにスーッと浮かび上がる光景はなんとも言えない情景がありぜひ体験していただきたいと思っております。

 

国宝木造薬師如来及び両脇侍像

 

東北地方としては初の国宝(彫刻)に登録された仏像(三尊)です。中央の薬師如来座像とその両脇の日光、月光菩薩立像です。薬師堂(本堂)には現在薬師如来坐像のみが安置され、日光、月光菩薩像は収蔵庫に安置されています。薬師堂(本堂)の中は暗いので像をゆっくり拝見したい場合は僧房で懐中電灯を貸してもらってください。

三尊ともにケヤキ材の一木造ですが、薬師如来坐像のみは彫られた後に前後二つに分割し、内部をくりぬいたから、また矧(は)ぎ合わせる一木割矧造の手法が使われています。

 

製作されたのは平安時代初期の9世紀と見られています。薬師如来坐像は胸板が厚く、かなりどっしりした像で、厳しい表情で力強い像です。平安時代初期一木割矧(わぎはぎ)造の代表作と言えるでしょう。杉材を矧ぎあわせた光背も天平時代に流行した宝相華葡萄唐草(ほうそうげぶどうからくさ)と呼ばれる唐草模様(からくさもよう)を浮き彫りしており、平安時代当時のものと見られています。

薬師如来像の髪は螺髪(らほつ)形式ですが、この螺髪材は別な木材が使われ、一つずつ作ったものを植え付けています。なお蓮華座は少し時代が後になって作られたものとみられます。

像高は薬師如来坐像が141.8cm、日光菩薩立像が169.4cm、月光菩薩立像が173.9cmです。薬師如来像に比べて日光・月光菩薩像は少し細身で表情も穏やかです。こちらもすばらしい仏像です。

 

 

次に、収納庫に安置されているその他の重要文化財に指定されている仏像をいくつか紹介します。これらは薬師如来などと同じく平安時代の作と見られています。

 

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木造四天王立像

 

 やはり薬師堂に安置されていた像で、本尊の周り(東西南北)を守護する神像です。持国天(東方)、増長天(南方)、広目天(西方)、多聞天(北方)の四天王像で、邪鬼を含めてケヤキ材の一木造です。ただし広目天像は東京国立博物館に置かれていてここにはありません。その他の像も少し破損が見られますが、動きのある力強いに安定感のある優れた像です。奈良時代制作の大安寺四天王に似ているといわれています。

 

木造十一面観音菩薩立像

 

 こちらも平安時代前期を感じさせる像です。カツラかヒノキ材が使われているようです。頭部が少し小さく穏やかな立ち姿は素晴らしいものです。近世までは大堂宇の本尊だったといわれ、火災にあい後世に顔などの一部が修理されています。

木造聖観音菩薩立像

 少し痛んではいますがこちらも平安時代前期の雰囲気をよく示す素晴らしい像です。ケヤキ材の一木造です。天平時代の雰囲気を持った均整のとれた仏像です。台座は少し大きく釣り合いが取れていません。後から別な像のものを使っているようです。

 

木造地蔵菩薩立像(延命地蔵)

木造地蔵菩薩立像(雨降り地蔵)

 地蔵菩薩像は両側に分かれて置かれています。厳しい顔つきながら厳かな雰囲気のなかなかすぐれた像です。「雨降り地蔵」は大正の初期まで雨請(あまごい)の本尊として祀られていました。「延命地蔵」は雨降り地蔵の童顔さに比べ、少し厳しい顔つきに見えます。また斜めに架けた法衣も雨降り地蔵とは異なります。顔は後から手を加えられています。

 

木造天部立像(伝・虚空蔵菩薩像)

 虚空菩薩像と伝えられる立像で、形からは天界にすむ神をあらわした「天部(てんぶ)像」とみられます。また一時は辨才天(べんざいてん)像と呼ばれていたという記録もあります。

最後に、会津五薬師のうち、勝常寺以外に唯一薬師如来像が残されている西方薬師「上宇内薬師堂」の薬師像を紹介します。

【番外】上宇内(かみうない)薬師堂/薬師如来坐像

 

会津五薬師のうち西に位置することから「西方薬師」とも呼ばれています。ケヤキの一木造りの坐像で像高は182.6cmあります。 また勝常寺の薬師像よりは100年ほど後の10世紀前半の製作と見られています。

 

胸も厚く、横幅も広く、またかなりどっしりとして穏やかな表情の仏像です。薬師堂は元祿4年(1691)に再建されたもので、薬師堂内には他に日光・月光の両脇侍及び十二神将像(五躯)、聖観音像菩薩立像が安置されています。

 

勝常寺薬師如来像と対比して見られることが多く、会津の仏教文化を遡るうえで勝常寺薬師如来同様に重要な存在です。ぜひ会津に訪問したら訪問しましょう。

勝常寺も事前拝観をしたほうがベターなお寺ですが、この上宇内薬師堂は事前予約必須なお寺なので管理人さんのご予定を伺ったうえで訪問ください。

上宇内薬師堂の拝観データ

住所:〒969-6507 福島県河沼郡会津坂下町大上村北甲

TEL:管理者(齋藤様) 0242-83-1936

拝観料:500円

上宇内薬師堂の拝観はかならず事前の拝観予約が必要となります

 

以上、勝常寺の歴史や仏像のご紹介でした。

勝常寺の仏像群に初めて出会ったのは仏像をめぐりはじめて間もない大学生ころ。
それから1年に1度は訪問するようになり仏像に興味のない友人を連れて勝常寺にいったりもしました。

東北の小さな村にある薬師如来は、威厳があり訪問する度に震え上がるような仏像の魅力に包まれています。

近くの会津若松は米どころの城下町、喜多方ラーメンなどと絡めてもとても楽しいエリアです。
ぜひみなさんも東北のお薬師さんを訪ねて会津へ行ってみてはいかが?

 

東北の仏像を巡ろう!

 

 

勝常寺の御朱印

 

勝常寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

瑠璃光山密蔵院勝常寺

宗派

真言宗豊山派

住所

〒969-3556 福島県河沼郡湯川村勝常代舞1764

電話

0241-27-4566

拝観時間・料金

9:00~16:00
火曜日休み、その他8月13日~15日、11月16日~3月31日も休み

境内自由(仏像拝観は灯明料500円)

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勝常寺の薬師堂にはお寺の方が常にいるわけではないので、訪問前には一度お電話で確認を入れておいたほうがベターです
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