No.60:高知県・雪渓寺の仏像/毘沙門天、吉祥天、善膩師童子像(湛慶作)、薬師三尊像、十二神将像、ご朱印など


四国八十八箇所霊場の1つである高知県高知市長浜にある「雪渓寺(せっけいじ」を紹介します。四国には空海が開いたとされるお寺が多くありますが、そのほとんどが真言宗です。

この雪渓寺も空海の開祖が伝えられ当初は真言宗であったが、後に臨済宗(禅寺)となりました。また明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動で寺は壊され、神社に成りましたが、その後また寺に復帰したものです。そのためもあり、建物も比較的新しく、とおりに面したお寺ですのでお遍路さんの巡礼では比較的がっかりされる方もおられるようです。

しかし、こんな四国の地に鎌倉を代表する仏師の仏像が残されているのには驚かされます。歴史をひも解き、なぜこのような仏像が残されているのかをひも解いてみるのも楽しいと思います。

特に運慶の長男「湛慶(たんけい)」が制作した毘沙門天立像および吉祥天・善膩師童子(ぜんにしどうじ)立像は一見の価値が十分にあります。

雪渓寺へのアクセス

「雪渓寺」へはJR高知駅前より路面電車「とさでん交通桟橋線」に乗り11分、終点の「桟橋通五丁目」駅下車、とさ交通バスの長浜または桂浜行きで「長浜」下車、徒歩約500mです。バスは「高知駅バスターミナル」や「はりまや橋」からもでていますのでこちらから乗っても良いです。

お寺の場所は有名な観光地「桂浜」の手前で、桂浜の西側4kmほどの所にあります。

土佐湾の桂浜は、白砂の美しい月の名所として知られていますので、この浜に建てられた坂本龍馬の銅像などを眺め、雪蹊寺の歴史をひも解くと見えてくる景色も変わりそうに思います。

通りに面した石の門柱から雪渓寺の境内に入ると右に鐘楼があり、正面に大きな本堂(2005年建設)があります。本堂の右横に大師堂があり、左手には客殿・納経所、またその左に観音堂があります。観音堂には馬頭観音が祀られており、天井には天女絵が描かれています。

境内には元親の長男で、戸次川で戦死した長宗我部信親の墓や月峰和尚の墓、それに明治の廃仏毀釈(きしゃく)で廃寺となったこの寺を再興した(山本)太玄和尚の供養塔「太玄塔」、失明に近い眼病ながら、裸足で7回目の四国遍路をしているところ太玄和尚に救われ、生涯に17回の四国遍路をした(山本)玄峰師の供養塔「玄峰塔」などがあります。

 

この寺の魅力はなんといっても運慶の長男「湛慶(たんけい)」が制作したとされる数少ない本物の像が拝観できることにあります。これらの像は寺のコンクリート製の「霊宝殿」に安置されていますので、拝観を希望する場合には事前に電話などでの予約が必要です。

雪渓寺の歴史

 「雪渓寺(せっけいじ)」は四国八十八箇所の第33番目霊場で平安時代初期の815年に弘法大師・空海が開き、当時は「少林山高福寺」という名前の真言宗の寺だったと伝えられています。ただこれは寺伝であって、正確にはわかっていません。

他の資料では鎌倉時代の1225年に右近将監定光という人物がこの「高福寺」を創建したという記録もあります。

 また鎌倉時代に仏師運慶と長男の湛慶がこの寺に滞在し、運慶は本尊の薬師如来像日光・月光菩薩像を制作し、湛慶は毘沙門天像吉祥天女像および善膩師童子像を制作して安置したといわれています(伝承)。

このことから、寺は後に「慶運寺」と呼ばれるようになったようです。しかしその後、寺は寂れてしまい廃寺となってしまいました。

これを再興したのが土佐国の戦国大名であった「長宗我部元親」です。

元親は戦国時代末期に自身の宗派であった臨済宗から月峰和尚を住職に招き、臨済宗の寺として再興しました。そして元親が1599年に死亡すると、あとを継いだ四男の盛親(もりちか)がこの寺を、長宗我部家の菩提寺とし、元親の法号『雪蹊恕三』から寺名を「雪蹊寺(せっけいじ)」と改めました。

このため、四国八十八箇所霊場のうちでは珍しい臨済宗のお寺になっています。

江戸時代初期には寺の住職「天室僧正」が、朱子学南学派の祖として活躍し、多くの儒学者を生み出したため「南学発祥の道場」と呼ばれました。

明治時代初頭の廃仏毀釈(きしゃく)により明治3年(1870年)に寺は壊され、長宗我部元親坐像を神体とした「秦(はた)神社」が建立されました。 それをまた浄土宗の「大玄(だいげん)和尚」が雪蹊寺を復興して現在に至っています。

なお、この寺には長宗我部元親がこの寺を再興して月峰和尚を招いたとされる時の伝説「歌詠み幽霊の伝説」が伝わっていますので少し紹介しましょう。

「荒廃していた雪蹊寺には、成仏できずにいた幽霊が住み着いていました。そのため、近所の村人たちは、この寺には妖怪が出るので近付かない方が良いとささやきあっていました。こんな時に、月峰和尚は妖怪の正体をみたいとこの寺に寝泊りしてみることにしたのです。

するとその初日に座禅をくんでいると、泣き声とともに「水も浮き世という所かな」という下の句が聞こえてきたのです。そこで月峰和尚は翌晩までにこの下の句に合わせた上の句を考えておきました。 そして翌晩も座禅をくんでいると、また同じ下の句が聞こえました。

そこで「墨染めを洗えば波も衣きて、水も浮き世という所かな」と上の句を加えて詠んだのです。すると泣き声はしなくなり、それ以降妖怪も出なくなったといいます。」

成仏できない霊はこのように上の句が出来ずに悩んで死んでしまうと霊魂が成仏できないで幽霊になってしまうというわけです。この話をきいた長宗我部元親はこの月峰和尚に雪蹊寺の住職になるように頼んだというのです。

このような幽霊話はよくありますが、このように和歌の上の句、下の句で合わせるというのもその時代ならではの話で面白いですね。

雪渓寺の仏像の詳細

毘沙門天および脇侍吉祥天・善膩師童子(ぜんにしどうじ)立像 3躯 【重文】(鎌倉時代 湛慶作 ヒノキ材 寄木造、彩色、玉眼)

 

 毘沙門天像の足枘(ほぞ)に「法印大和尚位湛慶」と墨書銘があり、運慶の長男の湛慶(たんけい)の数少ない真作の一つと判明しています。

湛慶が法印に叙せられたのは1213年であり、雪蹊寺の前身高福寺が建立(再建?)は1225年とも見られていますので、この1225年頃に本像も制作されたと考えられます。それは湛慶が50歳台であり、円熟期の作といえるでしょう。

三尊とも頭体部を別々に寄木して、頭部を首の下で体幹部に挿し込んでいます。

三尊それぞれの彫り口をかえ、中尊に対して吉祥天・善膩師童子をずっと小さくつくって、巧みな三尊構成をみせており、微妙なバランスの中に存在感があります。

毘沙門天立像 (湛慶作)〈像高:168.0cm 〉

父運慶の毘沙門天像といえば伊豆願成就院の毘沙門天像が有名ですが、湛慶も父に劣らずその作風は「運慶」の力強い躍動感に溢れる作風と、「快慶」の絵画的な写実を調和した穏健な作風の両方の特徴を併せ持った魅力があるといわれています。

本像は残念ながら毘沙門天立像の右腕と左手首などが失われていますが、非常に力強く、少し腰を左へひねった立ち姿にも力がみなぎっています。右足を一歩ふみだして邪鬼の上に立ち、はっきりとして厳しい凛とした目鼻立ちも特徴の一つです。またはちきれんばかりの肉感にも作者の手腕を存分に感じることが出来ます。

吉祥天立像 (湛慶作)〈像高:79.7cm 〉

 

毘沙門天像に向かって右側に立っています。像高は毘沙門天の半分以下ですのでこじんまりした印象があります。

本像も「湛慶」の作と見られています。少し下膨れの確りした顔立ちで、腹を少し前につき出したような少し不自然な姿ですが、優しさの中に知的な美しさを感じさせてくれる像です。

身に着けているのは宋風の大袖の着衣で、腰を少し左にひねって荷葉座(かようざ:蓮の葉の形をした台座)上に立っています。

善膩師童子(ぜんにしどうじ) (湛慶作)〈像高:71.2cm 〉

三尊像の中で本像が最も知られているかもしれません。
なにしろこの天真爛漫な愛らしさを持った、かわいい童子の顔にどこか癒されてしまいます。

善膩師童子(ぜんにしどうじ)は毘沙門天の5人の息子(五童子)の一人で末子とされており、吉祥天はその母親です。そのため、毘沙門天の両脇に母子で侍しているのです。

この童子は、首を少しかしげ、軽く腰を折り、中尊(毘沙門天)を見上げた姿です。

この童子のお顔に見覚えがありませんか?

運慶展などに展示された高山寺の狗児像(子犬像)【重文】の表情にそっくりです。こちらの狗児像も湛慶作で、日本の動物彫刻の最高峰とも言われています。

薬師如来坐像および両脇侍(日光・月光菩薩)像 3躯【重文】(鎌倉時代 伝運慶作 ヒノキ材 寄木造、漆箔、玉眼)

〈像高:中尊140.0cm、左脇侍(日光菩薩)173.3cm、右脇侍(月光菩薩)172.4cm〉

本像は仏師「運慶」の作と伝えられていますが、確認はされていません。ただ慶派仏師による制作と見られています。

十二神将立像10躯【重文:薬師三尊像の附(つけたり)指定】(鎌倉時代・海覚作 ヒノキ材 寄木造、彩色、玉眼)

〈像高:1号像87.2cm・2号像84.6cm・3号像85.5cm・4号像88.9cm・5号像89.8cm・6号像84.5cm・7号像82.8cm・8号像86.2cm・9号像88.0cm・10号像83.5cm〉

これらの像は1274年から3年がかりで、本尊の薬師三尊像を守護する像として、仏師筑後工「海覚(かいかく」によって十二神将像一組(12体)が附加されたものです。12体のうち現存しているのは10体のみです。筑後は現在の福岡県ですが、海覚仏師については良く知られていません。

雪渓寺のご朱印

雪渓寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

高福山高福院雪渓寺

宗派

臨済宗妙心寺派

住所

〒781-0270 高知県高知市長浜857-3

電話

088-837-2233

拝観時間

9:00~16:00

拝観料金

500円

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