福岡・観世音寺の仏像|5m級の不空羂索観音・馬頭観音と、最古の大黒天に会う(拝観料・時間つき)

観世音寺は、私にとって「全部見てほしい」寺です。8年ほど前に、個人で訪ねました。なかでも見てほしいのは、巨大な観音さんが並ぶ宝蔵と、日本で最も古い形の大黒天さんです。
福岡県太宰府市。寺のすぐ近くに大宰府政庁跡の公園があり、奈良・平安の時代には、西の守りを担う役所の隣にあった寺です。大きな木に覆われた参道を進むと、奈良の正倉院を思わせる宝蔵が見えてきます。
宝蔵に入ると、高さ3〜5mの像が並んでいます。赤い柱と白い壁のあいだに、金色の観音さんが首をそらさないと顔まで届かない高さで立つ。像を見に来たはずが、まず「部屋」の大きさに足が止まります。


- 観世音寺・馬頭観音立像:怒り顔の観音さんが、5mで立つ
- 観世音寺・不空羂索観音立像:粘土の像が倒れたあとに、木で立った
- 観世音寺・大黒天立像:笑う前の大黒さんに会う
- その他の見どころ
- お寺の歴史と伝承
- なぜ、西の守りの寺に、5mの観音と戦の神が並ぶのか
- まとめ:ここでは、見上げる像ほど、きびしい顔をしている
- 次に会いに行くなら
- 観世音寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
- 見仏記 (文庫)|みうらじゅん&いとうせいこう
- 新TV見仏記
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観世音寺・馬頭観音立像:怒り顔の観音さんが、5mで立つ

宝蔵の中央で、まず目に入るのが馬頭観音立像です。像高は5.03m。頭の上に馬の顔をのせ、顔は4つ、腕は8本。それぞれの顔の額には、大きな目がついています。

怒っているのか、悲しんでいるのか。見る場所を変えるたびに、読み取れる表情が変わります。観音さんというと、やわらかい顔を思い浮かべる方が多いはずです。この像の前では、その思い込みがほどけます。
私の見立てでは、ここの観音さんは「見上げさせる」ための姿をしています。やさしさを近くで差し出すのではなく、高いところから、動かずに受け止める。そういう救い方もあるのだと、馬頭観音さんの顔が言っているように見えます。
仏像リンク編集部MEMO 📝




馬頭観音は、馬の頭を頭上にのせた観音さんです。もともとインドでは、馬は草をよく食べる動物です。人の悩みも食べつくしてくれる聖獣と見られてきました。くわしくは馬頭観音とはへ。この像は、馬頭観音像の中でも最古の部類といわれています。
名称: 馬頭観音立像
時代: 平安時代初期
像高: 5.03m
材質: 木造(寄木造)、表面は金色
特徴: 頭上に馬の頭。四面八臂で、各顔の額に大きな目がある。
観世音寺・不空羂索観音立像:粘土の像が倒れたあとに、木で立った

向かって右に立つのが、不空羂索観音立像です。像高5.71m。宝蔵の中で、いちばん背が高い像です。腕は8本で、合掌した手を中心に、錫杖や蓮のつぼみを持つ手が左右に広がります。
名前の「羂索」は縄のこと。古代インドで狩猟に使った縄を手に持ち、人びとを逃がさず救う観音さんです。不空羂索観音とはで、くわしく説明しています。
仏像リンク編集部MEMO 📝


いまの像がつくられたのは鎌倉時代です。1914年の修理のとき、像の中から古い塑像(粘土の像)の顔のかけらと由来書が見つかりました。これで、1221年に塑像の不空羂索観音が倒れて壊れるまで、講堂には粘土の像が祀られていたことがわかりました。壊れたあとに、木で彫り直されたのが、いまの像です。
粘土の像は倒れ、木の像が立ち直った。5mを超える像が立ち続けるには、それだけの手間と思いが重なってきたはずです。
名称: 不空羂索観音立像
時代: 鎌倉時代
像高: 5.71m
材質: 木造(寄木造)
特徴: 手は8本。羂索を持つ。1914年の修理で、前身の塑像の破片が見つかった。
やわらかい顔の十一面観音立像

向かって左に立つのが、十一面観音立像です。像高4.98m、1069年の作。ふくよかで、やさしい顔をしています。怒り顔の馬頭観音さん、縄を持つ不空羂索観音さんと並ぶと、口元のやわらかさが際立ちます。冠の上に並ぶ小さな顔は、5mの高さでもひとつひとつ数えられます。
鎌倉時代の1242年につくられた、像高3.03mの十一面観音立像も、同じ宝蔵に安置されています。
観世音寺・大黒天立像:笑う前の大黒さんに会う

5mの観音さんたちのあとに、等身大の像が目に入ります。大黒天立像です。像高は1.71m。平安時代後期の像で、クスの一木から彫られています。日本に現存する大黒天像の中で最も古いとされます。
大黒天といえば、ふくよかな笑顔で米俵に乗る姿を思い浮かべる方が多いと思います。この像はちがいます。ほっそりした体に、きびしい顔つき。笑顔はありません。
仏像リンク編集部MEMO 📝




大黒天のもとは、インド密教で戦いの守り神と考えられた神です。にこにこ顔になる前の大黒天が、この宝蔵にいます。
大黒天の成り立ちは、こちらの解説にまとめています。
名称: 大黒天立像
時代: 平安時代後期
像高: 1.71m
材質: クスの一木造
特徴: 等身大。ほっそりした体と、きびしい顔つき。日本に現存する最古の大黒天像とされる。
その他の見どころ
聖観音菩薩坐像

像高3.2m、1066年の作。旧講堂の本尊で、大きな観音立像3体に囲まれて安置されていたといいます。坐像でこの大きさです。
阿弥陀如来坐像と四天王像

旧金堂の本尊だった阿弥陀如来坐像も、宝蔵にあります。光背の細い光が放射状に広がり、まわりを四天王像がかためます。観音さんたちの大きさに慣れた目で見ると、等身大の像が近く感じられます。阿弥陀如来の見分け方もあわせてどうぞ。
兜跋毘沙門天立像と地蔵菩薩半跏像

兜跋毘沙門天立像は、寺に伝わる彫像の中でいちばん古く、9世紀の作とされます。足元で像を支えるのは、大地の女神・地天女です。京都の東寺、岩手の成島毘沙門堂とあわせて「日本三大兜跋毘沙門天」と呼ぶことがあります。成島の像は、成島毘沙門堂の記事でご紹介しています。

地蔵菩薩半跏像は、片足を下ろして岩に腰かけた姿です。錫杖を持ち、岩の台座に腰かけた姿です。ほかに、四天王像、吉祥天立像、地蔵菩薩立像なども安置されています。
梵鐘

日本最古の梵鐘といわれる鐘が残っています。698年の銘がある京都・妙心寺の鐘と同じ型でつくられており、ほぼ同じ時期の鐘と考えられています。
御朱印

御朱印には、本尊の聖観音の文字が入ります。
太宰府天満宮・九州国立博物館とあわせて

観世音寺は、太宰府天満宮や、2005年に開館した九州国立博物館と同じ町にあります。博多バスターミナルから太宰府方面のバスや、西鉄五条駅からの徒歩で行けます。天満宮とあわせて半日、宝蔵だけなら30分〜1時間が目安です。
お寺の歴史と伝承



『続日本紀』によると、天智天皇が、661年に亡くなった母・斉明天皇の供養のために発願しました。完成したのは746年。80年あまりかかっています。当時の建物は残っていませんが、発掘調査では、飛鳥の川原寺と同じ伽藍配置だったことがわかっています。
すぐ隣に、西の守りを担う大宰府政庁がありました。そのため観世音寺は「府の大寺」と呼ばれ、九州随一の大きな寺でした。いまの金堂と講堂は、江戸時代に再建された建物です。

戒壇院とは
753年、唐の名僧・鑑真が、何度も渡航に失敗したのち、ようやく大宰府にたどり着きました。鑑真はここで、日本で初めて受戒を行ったとされます。受戒とは、僧侶になる人が戒律を授かり、僧侶として認められることです。
761年、鑑真は観世音寺にも戒壇院を設けました。当時、日本に置かれた戒壇院は、奈良・東大寺、下野(栃木県)の薬師寺、そしてこの筑紫の観世音寺の3か所だけ。「天下三戒壇」と呼ばれます。



主な歴史年表
661年: 天智天皇が、母・斉明天皇の供養のために発願する
746年: 完成する(『続日本紀』)
753年: 鑑真が大宰府に到着し、初の受戒を行う
761年: 鑑真が戒壇院を設ける
1066年: 聖観音菩薩坐像がつくられる
1069年: 十一面観音立像がつくられる
1221年: 講堂の塑像の不空羂索観音が倒れて壊れる。このあと、木造の像がつくられる
1242年: 十一面観音立像(像高3.03m)がつくられる
江戸時代: 金堂と講堂が再建される
1914年: 修理で、塑像の破片と由来書が見つかる
なぜ、西の守りの寺に、5mの観音と戦の神が並ぶのか
観世音寺の宝蔵を歩くと、ふしぎな組み合わせに気づきます。5mを超える観音さんたち。きびしい顔の大黒さん。足元に地天女を従える兜跋毘沙門天さん。やさしい観音さんの寺というより、守りの顔をした像が多い。
手がかりは、寺の立地です。すぐ隣は、西の守りを担った大宰府政庁。観世音寺は「府の大寺」と呼ばれ、九州随一の寺でした。


ここからは私の想像です。
平安から鎌倉まで、時代の違う像が宝蔵に残っているのは、この寺に祈りが途切れずに集まったからだと思います。西の守りの役所の隣という土地に、人びとが「守ってほしい」「救ってほしい」と願いを重ね、そのたびに像が加わった。なかでも、戦の神の姿のままの大黒天や、国の端に立つとされる兜跋毘沙門天が残っているのは、この土地ならではに思えます。
確かなことは、粘土の像が倒れても、同じ講堂に、大きな観音さんが立て直されたことです。願いの大きさに合わせて、像も大きくなったのかもしれません。
まとめ:ここでは、見上げる像ほど、きびしい顔をしている
もう一度、宝蔵を思い出してください。馬頭観音さんは怒った顔、不空羂索観音さんは逃がさない縄を持ち、大黒さんは笑っていません。5mの高さから、動かずに見下ろす。そこには、寄り添うというより「受け止める」という姿勢の像が並んでいます。
そのなかで、十一面観音さんだけは、やさしい顔で立っています。きびしい顔の像のあいだに、やさしい顔がひとつだけ立つ。だから、よけいに目に残ります。
私が観世音寺を「全部見てほしい」と思うのは、ここで、観音さんの顔にも守りの顔があることがわかるからです。そして、日本で最も古い形の大黒天さんは、笑う前の顔を知ったうえで、七福神の大黒さんを見られるようにしてくれます。


次に会いに行くなら
「国の端で守る像」を見るなら、成島毘沙門堂(岩手)。九州の兜跋毘沙門天さんから、東北の巨大な兜跋毘沙門天さんへ。南と北の端どうしで見くらべられます。
「大きな観音さん」をもう1か所見るなら、長谷寺(奈良)。観世音寺の5m級の観音群を見たあとに、奈良の大きな十一面観音立像と見くらべてみてください。
同じ西日本の古寺へ進むなら、竹林寺(高知)。四国の山の上の寺で、秘仏の文殊菩薩と、平安の像が並ぶ宝物館があります。
同じコース「西日本・四国・九州の古寺」で、こんなところはどうでしょう
観世音寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 清水山 普門院 観世音寺 |
宗派 | 天台宗 |
住所・アクセス | 〒818-0101 福岡県太宰府市観世音寺5丁目6番1号 |
電話 | 092-922-1811 |
拝観時間・拝観方法 | 宝蔵は9:00〜17:00(入館は16:30まで)/無休。境内は自由に参拝できます。20名以上の団体料金があります。 |
拝観料金 | 宝蔵のみ有料。大人500円または600円、高・大生300円または400円、小・中学生150円(案内によって金額が分かれています。お出かけ前に電話でご確認ください)。 |
拝観時間・料金は変わることがあります。お出かけ前にご確認ください。参考:クロスロードふくおか(福岡県観光連盟)
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