神奈川・覚園寺の仏像|日光・月光菩薩と十二神将に会う(拝観料・時間つき)

鎌倉駅からバスに乗り、終点で降りて、さらに谷の奥へ歩く。覚園寺は、そういう場所にあります。
鎌倉駅東口から「大塔宮」行きのバスで終点まで行き、そこから徒歩で約10分。金沢街道から北へ入った二階堂の谷のいちばん奥です。車でも行けますが、お寺へ向かう道は細いと公式が注意しています。大仏や五山のある観光の流れから外れた分だけ、鎌倉の「谷戸の寺」の姿が残っています。
10年ほど前、私は個人でここを訪ねました。いちばん見てほしいのは、薬師堂の日光菩薩と月光菩薩です。とても美しい2体です。奈良の新薬師寺で十二神将を見た人に、次に来てほしいお寺でもあります。
覚園寺・薬師三尊:昼と夜をひとつの堂に並べた
薬師堂の中央に本尊の薬師如来さん、その両脇に日光菩薩さんと月光菩薩さんが座ります。日の光と月の光をあらわす2体で、3体あわせて「薬師三尊」と呼ばれます。
私は、この三尊を「昼と夜が並んだ堂」だと見ています。日光さんは昼、月光さんは夜。薬師如来さんの病を治す力が、昼も夜も途切れないように、両側から支えている。そう思って眺めると、2体の座り方が気になってきます。
日光・月光の両脇侍は、脚を崩して、あぐらをかくように座っています。境内は写真も動画も撮れません。目で見て持ち帰るしかないので、この座り方はぜひ、じっくり見てください。
仏像リンク編集部MEMO 📝




日光・月光菩薩さんの頭の中には「法橋朝祐」という仏師の名と、応永29年(1422)の銘が残っています。三尊とも作風に共通点があるため、朝祐の作とされています。中尊の薬師如来さんは、鎌倉時代の寺の復興期の像と考えられています。
薬師如来さんがどんな尊格なのかは、こちらの解説にまとめています。
日光・月光菩薩さんの見分け方は日光菩薩・月光菩薩とはへどうぞ。
名称: 木造薬師如来及日光菩薩・月光菩薩坐像(重要文化財)
時代: 薬師如来は鎌倉時代、日光・月光菩薩は室町時代
像高: 薬師如来181.3cm、日光菩薩149.4cm、月光菩薩150.0cm
材質: 寄木造
特徴: 蓮台の周りに衣の裾を長く垂らした宋風の様式。日光・月光は脚を崩して座る。日光菩薩の頭部に法橋朝祐の銘。
覚園寺・十二神将立像:頭の上の動物が名札
薬師三尊の外側を、十二神将が取り巻いています。薬師如来さんを守る12体で、それぞれの頭の上に十二支の動物がのっています。
ここで見てほしいのは、12体の「つくられた年」です。午の像に応永8年(1401)、未・申・酉・亥の像に応永15〜18年(1408〜1411)の銘があり、5体の像の中に年が記されています。いつつくられたかが1体ずつ分かる十二神将は、関東の十二神将を考えるときの手がかりとされています。作者は、三尊と同じ法橋朝祐です。
私は、この十二神将を「10年がかりの連載」のようなものだと思っています。1体ずつ、年をかけて仕上げていく。奈良時代の新薬師寺の十二神将と見比べると、同じ十二神将でも、時代で姿がこれほど変わるのかと分かります。
仏像リンク編集部MEMO 📝




名称: 木造十二神将立像(重要文化財)12躯(2005年6月9日指定)
時代: 室町時代(1401〜1411年の銘)
像高: 等身大。最大の亥神像189.7cm、最小の戌神像152.6cm
材質: ヒノキの寄木造
特徴: 頭の上に十二支の動物。午・未・申・酉・亥の5体に像内銘。銘のない戌も、同じ一連の作と考えられる。
覚園寺・黒地蔵:全身が黒い地蔵菩薩さん
地蔵堂の地蔵菩薩さんは、全身が黒いことから「黒地蔵」と呼ばれています。地獄の罪人のために、鬼にかわって火を焚いたので黒くすすけた。色を塗り直しても元の黒に戻ってしまう。そんな伝えが残っています。作家の川端康成が、ふくよかでやさしい顔立ちに心を寄せたと、お寺が紹介しています。
境内には「千躰地蔵」の信仰も伝わっています。願いを託して小さな分身の地蔵を借り、願いがかなったら1体を足して、2体にして返す。お堂に並ぶ地蔵が、人の願いの数だけ増えていくのです。私は、黒地蔵は「お願いを聞く像」というより「お願いが積もっていく場」だと感じます。
仏像リンク編集部MEMO 📝


地蔵菩薩さんの見分け方は地蔵菩薩とはにまとめています。
名称: 木造地蔵菩薩立像(黒地蔵・重要文化財)
時代: 鎌倉時代
像高: 170.4cm
材質: 木造
特徴: 全身が黒い。引き締まった顔立ち。8月10日の黒地蔵縁日の本尊。
その他の見どころ
山門を入ってすぐの愛染堂は、明治初年に廃寺になった大楽寺のお堂を移したものです。赤い六本腕の愛染明王さんが祀られています。


堂内には、市指定文化財の愛染明王坐像のほか、県指定文化財の阿閦如来坐像と、鉄でつくられた不動明王坐像が安置されています。鉄の不動明王さんは、大楽寺を開いた願行が、伊勢原の大山寺の鉄造不動明王を鋳造する前に試しにつくったと伝わり、「試みの不動」と呼ばれます。
お寺の歴史と伝承
覚園寺のはじまりには、1匹の犬が出てきます。


1218年、北条義時は夢に、薬師如来の十二神将のひとり「戌神」を見ます。この寺の始まりは、義時が建てた大倉薬師堂(1218年)です。義時は運慶に薬師如来像と十二神将像をつくらせたと伝わります(いまの像が運慶作とは確かめられていません)。
翌1219年、将軍源実朝の右大臣拝賀の式で、義時は太刀持ちの役でした。ところが白い犬を見た途端に気分が悪くなり、役をほかの人に代わってもらいます。式のあと、鶴岡八幡宮で実朝と、代わった中原仲章は斬られました。義時が薬師堂にお礼に詣でると、十二神将のうち戌神だけが堂にいなかったといいます。戌神が白い犬に姿を変えて義時に危険を知らせた、という話です。史実には不確かなところもありますが、以後この薬師堂は、執権北条家に守られて栄えました。
1296年、北条貞時が元寇の再来を防ぐ祈りをこめて、智海心慧を開山に、真言・天台・禅・浄土の四宗を学ぶ道場「覚園寺」としました。いまの薬師堂は、1354年に足利尊氏が再建した建物がもとになっています。
主な歴史年表
1218年: 北条義時が大倉薬師堂を建てたと伝わる
1243年: 火災で薬師堂が被害を受け、仏像は運び出されて無事だったと記録される
1296年: 北条貞時が覚園寺を開く。智海心慧が開山
1333年: 後醍醐天皇が覚園寺を勅願寺とする
1354年: 足利尊氏が仏殿(本堂)を再建
1401〜1411年: 法橋朝祐が十二神将立像をつくる(銘のある像から)
1422年: 日光・月光菩薩の銘(法橋朝祐)
1830年: 大火で寺の建物の大部分が焼ける
1923年: 関東大震災で大きな被害を受ける
なぜ、戌神だけ「いなくなる」のか
吾妻鏡の話でいなくなるのは、戌神です。十二神将のうち、1体だけ「堂から消えた」と語られてきた像。そして、いまの十二神将で最も小さいのも戌神です(152.6cm)。
ここからは私の想像です。
吾妻鏡に出てくるのは、鎌倉時代のはじめの十二神将です。いまの像は、それから180年ほど後の室町時代につくられました。つくり直した人たちが、白い犬の話を知らなかったとは思えません。主人を救って姿を消した神将を、どんな気持ちで彫ったのか。銘も記録も、そこまでは教えてくれません。
それでも、話を知ってから戌神の前に立つと、見る目が変わります。大きな神将たちの間の、いちばん小さな像。鎌倉の歴史を動かした一夜の主役が、こんなに小さい。私は、そこがこの寺らしいと思っています。


まとめ:この寺では、守る像も、守られている
もう一度、谷の奥の薬師堂を思い出してください。
薬師如来さんを、日光さんと月光さんが昼と夜から支え、十二神将が外側から囲んで守っている。義時を白い犬が守り、元寇の不安のなかで北条貞時は寺を開き、国を守る祈りをこめた。そして火災のたびに、人々は像を守りました。1243年の火災では、仏像は運び出されて無事だったと記録されています。
守る像が、守られてきた像でもある。覚園寺は、その連なりが700年以上、谷の奥で続いているお寺だと私は思っています。
では、鎌倉のように武士の力が強かった場所ではなく、地方の小さな寺では、像は何に守られてきたのでしょうか。守る像と、守られる像。その関係を、別の寺でも確かめてみたくなります。
次に会いに行くなら
「地方の寺は、像を何に守られてきたのか」を考えるなら、山形の慈恩寺。洗練された十二神将と、素朴な顔の薬師如来が同じ堂に並びます。2体の顔の違いを見ながら、誰がこの像を守ってきたのかを考えてみてください。
十二神将の「いちばん古い姿」を見るなら、奈良の新薬師寺。土でできた奈良時代の十二神将です。覚園寺の室町時代の木の十二神将と並べると、600年以上の時の差が見えてきます。
時代をさかのぼって、守りの形を見るなら、高幡不動尊。室町の十二神将の次は、平安時代の丈六の不動明王へ。
同じコース「関東の日帰り見仏」で、こんなところはどうでしょう
覚園寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 鷲峰山真言院 覚園寺 |
宗派 | 真言宗泉涌寺派 |
住所・アクセス | 〒248-0002 神奈川県鎌倉市二階堂421。鎌倉駅東口5番のりばから「鎌倉宮(大塔宮)」行き(鎌20系統)で終点「大塔宮」下車、徒歩約10分。拝観者の駐車場は無料(道が細いので運転に注意) |
電話 | 0467-22-1195 |
拝観時間・拝観方法 | 10:00〜16:00(最終受付15:40)。時間内は自由拝観。案内人つきの拝観ツアーは事前相談・別料金。休み:4月27日、8月(8月10日の黒地蔵縁日を除く。時間は公式で確認)、12月20日〜1月7日、荒天の日。境内は写真・動画撮影、写生、飲食ができません |
拝観料金 | 大人500円、小中学生200円 |
拝観時間・料金は変わることがあります。お出かけ前にご確認ください。参考:覚園寺公式サイト
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地域タグ:神奈川県の仏像

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