栃木・日光 中禅寺の仏像|立ち木に彫られた千手観音(立木観音)と五大堂に会う(拝観料・時間つき)

日光といえば東照宮。そう思って来た人が、いろは坂を上りきったところで足を止めます。目の前に、広い湖が開けているからです。
中禅寺湖。そのほとりに、湖と同じ名前のお寺があります。中禅寺。湖の名は、このお寺の名から来ています。お寺が先で、湖があと。そう聞くと、同じ景色が少し違って見えてきます。
このお寺でいちばん見てほしいのが、立木観音です。立ったままの桂の木に彫られたと伝わる、高さ約6mの千手観音。湖のほとりから、ご案内します。

中禅寺・立木観音:湖の上に見た姿を、木に彫った

お寺の伝えでは、784年、日光を開いた勝道上人(しょうどうしょうにん)が舟で中禅寺湖をめぐっていると、湖の上に千手観音の姿が現れました。上人はその姿を、岸に立つ桂の木に彫りつけた。だから「立木観音」と呼ばれます。
私がここでいちばん見てほしいのは、この立木観音です。大きな木から彫り出された像で、2024年ごろに訪ねたときも、予約なしで拝観できました。
人の背丈の何倍もある像は、見上げる角度が、森の大木を見上げるときと同じになります。像の高さが、そのまま木の高さだった。そう思って見ると、細く伸びた体の線にも納得がいきます。
仏像リンク編集部MEMO 📝


十一面千手観音は、頭の上に11の顔を、体の左右に千手の腕を持つ観音さんです。ここでは頭上の十一面は本体と同じ木から彫り、42本の腕などは別の材を寄せてつくられているといわれます。千手観音の見分け方は、千手観音の解説にまとめています。子年の人の守り本尊としても信仰されています。
この像には、もう1つ話があります。もとの寺は男体山の登り口の側にありました。1902年(明治35年)、大きな山津波が起きて、観音堂ごと像が中禅寺湖に流されてしまいます。ところが像は湖に浮いているところを見つかり、いまの歌ヶ浜に寺が建て直されたと伝わります。


名称: 木造十一面千手観音立像(重要文化財)
時代: 平安時代(伝承では784年、勝道上人の作と伝わる)
像高: 約6m
材質: 桂(立ち木に彫ったと伝わる)
特徴: 頭上の十一面は本体と同じ木、千手の腕は寄木とされる。湖の上に現れた姿を彫ったという伝承。
立木観音を守る四天王像

観音さんの脇には、源頼朝が寄進したと伝わる高さ約2mの四天王像が立っています。四天王は、東西南北を守る武将の姿の像です。
手に武器を持ち、鎧をつけた像が左右に控えるので、中央の観音さんの穏やかな表情がいっそう引き立ちます。四天王のうち北を守る多聞天は、毘沙門天さんとして独立してまつられることもあります。毘沙門天さんの解説もあわせてどうぞ。


その他の見どころ
五大堂:不動明王と雲龍
本堂の上の丘に建つ五大堂には、不動明王を中心に、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王の五大明王がまつられています。真ん中の不動明王のまわりの4体が、東西南北を守る配置です。天井には、堅山南風(かたやまなんぷう)が描いた大きな雲龍があります。

五大堂から見る中禅寺湖

3つ目の見どころは、像ではなく景色です。私のおすすめは、立木観音を拝観したあと、五大堂へ上がって中禅寺湖を眺める順番です。
観音さんが姿を現したと伝わる水面を、高いところから見渡せます。湖の上に観音を見たという伝えのあるお寺で、その湖を見下ろす。像の前で聞いた話が、景色のほうへ移っていきます。
吉祥天像と歌ヶ浜
勝道上人が小舟で湖をめぐって拝んでいたとき、空から天女が舞い降りて歌い舞った、という伝説があります。いまの地名「歌ヶ浜」の由来です。そのときの天女の姿を現したとされる高さ約60cmの吉祥天像が、秘仏としてまつられています。公開は特別なときだけです。
中禅寺は坂東三十三観音霊場の第18番札所でもあります。秋は、いろは坂が大渋滞になる時期です。時間に余裕をもって出かけてください。
お寺の歴史と伝承
日光連山は、古くから山そのものが拝まれてきました。男体山(二荒山)・女峰山・太郎山の日光三山で、標高はどれも2,400mほど。昔は、なかなか登れない山でした。
奈良時代、下野薬師寺の勝道上人が、767年に男体山の麓に草庵を結びます。のちの輪王寺の基です。男体山への登頂は2度失敗し、3度目の782年に成功。その2年後の784年に、弟子たちとともに麓に建てたのが中禅寺と伝わります。関東の一大霊場、日光山の山岳信仰の始まりです。
男体山の古い名「二荒山(ふたらさん)」は、観音さんの浄土「補陀洛(ふだらく)」に由来するといわれます。中禅寺も、はじめは補陀洛山中禅寺と呼ばれていました。
主な歴史年表
767年: 勝道上人が男体山の麓に草庵を結ぶ(のちの輪王寺の基)
782年: 勝道上人が男体山の登頂に成功する
784年: 勝道上人が中禅寺を建てたと伝わる
807年: 勝道上人が男体山の山頂に三社権現の社を建てる
1902年: 山津波で観音堂と立木観音が中禅寺湖に流される。のち、いまの歌ヶ浜に寺が移る
なぜ、湖に現れた観音さんが「木」に彫られたのか
日本では古くから、山と同じように、大きな木にも霊力を感じてきました。霊木信仰といいます。自然の立ち木を根もとから生かして彫った仏像を立木仏と呼びます。中禅寺の立木観音は、その代表的な像です。
ただ、不思議なことがあります。観音さんが現れたのは、湖の上でした。それなのに、像になったのは岸の木です。


ここからは私の想像です。
手がかりは、さっきの「補陀洛」です。山の名が観音さんの浄土の名前で呼ばれ、その麓の湖に観音さんが現れた。つまりこの土地は、像が置かれる前から、観音さんの場所だったことになります。
だとすると、ほかの場所で彫った像を運び込むより、この土地に立つ木そのものに彫るほうが、話が早い。場所に像を置いたのではなく、場所に像を現した。私は、立木観音をそう見ています。
実際に立ち木から彫り出されたのかは、はっきりしていません。それでも、「立ったままの木に彫った」と語り継がれてきたこと自体が、この像がどう受けとめられてきたかを教えてくれます。立木観音は各地にあり、茨城の西光院にも、高さ6mほどの立木の十一面観音が伝わります。

まとめ:観音さんは、湖と山のあいだに立っている
もう一度、湖のほとりを思い出してください。寺の名が、そのまま湖の名になりました。山の名は、観音さんの浄土の名に通じています。そして像は、湖の上に現れた姿を写した、立ち木の観音さん。
中禅寺の観音さんは、お堂に納められた像である前に、湖と山と木のあいだに立つ像でした。山津波で湖に流されても、湖の上に浮かんで戻ってきたと伝わるのは、そのためかもしれません。


木に彫られた観音さんが、場所と結びついているなら、岩に彫られた観音さんは、何と結びついているのか。その答えは、別の像の前で探せます。
次に会いに行くなら
「岩に彫られた観音さん」を見るなら、大谷寺。栃木の宇都宮にある、岩に彫られた千手観音のお寺です。木に彫られた中禅寺の観音さんと、見比べて思い出せます。
同じ「立木観音」と呼ばれる像を見るなら、恵隆寺。福島県会津坂下町にある、高さ約8.5mの千手観音立像です。日光から会津へ、立ち木に彫られた観音さんをたどれます。
恵隆寺とあわせて回るなら、勝常寺。福島県湯川村にある会津の古いお寺で、平安時代の薬師如来さんが待っています。
同じコース「関東の日帰り見仏」で、こんなところはどうでしょう
中禅寺・立木観音の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 日光山輪王寺別院 中禅寺(立木観音) |
宗派 | 天台宗 |
住所・アクセス | 〒321-1661 栃木県日光市中宮祠2578/JR日光駅・東武日光駅から中禅寺湖方面行きのバスで「中禅寺温泉」下車、徒歩約20分(路線・停留所は東武バスの案内でご確認ください) |
電話 | 0288-55-0013 |
拝観時間・拝観方法 | 4〜10月 8:00〜17:00/11月・3月 8:00〜16:00/12〜2月 8:30〜15:30(受付は終了の30分前まで)。予約の要否・休みはお寺にご確認ください |
拝観料金 | 大人500円(20名以上450円)、小中学生200円(同180円)。障害者手帳の方は大人100円、小中学生は無料 |
拝観時間・料金は変わることがあります。お出かけ前にご確認ください。参考:日光山輪王寺 公式サイト「中禅寺」
.
.

地域タグ:栃木県の仏像

下記バナーをクリックしてアカウントをフォローしてみてくださいね!
【地方仏めぐりおすすめの書籍】

見仏記 (文庫)|みうらじゅん&いとうせいこう
新TV見仏記
地方仏を歩く|丸山尚一
【各エリアのおすすめ仏像本】

■東北エリア
図説 みちのく古仏紀行
■関東エリア
東京近郊仏像めぐり
■東海エリア
東海美仏散歩 愛知・岐阜・三重
■関西エリア


















