「櫟野寺」
ちょっと読みにくい漢字、あなたは読めますか?
これは“らくやじ”と読みます。
忍者で有名な滋賀県甲賀市にある「櫟野寺(らくやじ)」は「平安仏の宝庫」とも言われています。
この寺は、天台宗比叡山延暦寺の末寺で、日本最大の十一面観音坐像をはじめ、薬師如来坐像、聖観音像、毘沙門天像など国の重要文化財に指定されている平安時代の仏像が20体ほど安置されているのです。またここは、随筆家・白洲正子が愛した「かくれ里」としても知られています。
本尊の十一面観音坐像は坐像にもかかわらず3m以上もある巨大な像で、重要文化財に指定されている十一面観音像の中では最大のものとされています。
ここの収蔵庫の景色は圧巻です!奈良や京都の仏像群にも匹敵する巨大な仏像が林立しています!
琵琶湖南部方面の仏像めぐりには必須のお寺さま。ぜひその魅力を体感していていただきたいと思います!
櫟野寺へのアクセス
櫟野寺は琵琶湖南端の「大津」と伊勢湾の「津」との中間くらいにあります。
JR関西線(大津~名古屋)の拓植(つげ)駅からJR草津線に乗り換えて、甲賀駅下車、甲賀市コミュニティバス(櫟野観音行き)で約15分です。ただバスの本数は少ないようですので、タクシーなら約10分で行けます。
歩く場合は甲賀駅の一つ南の油日(あぶらひ)駅のほうが近く、この駅から滋賀県道131号線を徒歩約35分です。途中に甲賀の総社の油日神社(あぶらひじんじゃ)があります。
またレンタサイクルは油日駅にありますのでこちらを利用するのも便利です。
この寺には多くの平安の仏たちが安置されていますが、それらは本堂と隣接する収蔵庫に安置されています。
また櫟野寺から200~300mほど東に「阿弥陀寺」があり、この寺にも平安前期の10世紀ごろに造られた本尊の阿弥陀如来坐像(像高約110cm)が安置されています。(※要事前予約)
櫟野寺の歴史
櫟野寺(らくやじ)は、寺伝では792年に比叡山の開祖伝教大師「最澄」が、比叡山の根本中堂建設のための木材を得るために、この地(甲賀郡杣庄:こうかぐんそまのしょう)にやってきました。その時に霊夢を感じてこの地に生えていた櫟の大木に一刀三礼(ノミで1回像を彫る度に3回礼をする儀式)して十一面観音像を彫り、ここに安置したのが始まりだといわれています。
その後、征夷大将軍として東北の蝦夷征伐を成し遂げた坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が都に戻っていた時の803年に、鈴鹿山で暴れていた山賊(鬼)を退治することになり、杣ケ谷を登ってこの櫟野(いちいの)にやってきました。
そしてこの十一面観音様に武運を祈願して戦いに臨んだのです。
無事賊を退治(鈴鹿山の鬼退治)して凱旋した坂上田村麻呂は、806年にこの寺を祈願寺と定め寺の数々の堂宇(建物)を建立したといわれています。
また、田村麻呂は十一面観音の守護する毘沙門天像を自らの姿をうつして彫ってこれを祀ったといわれています。
しかし、これらはあくまでも伝承であるため正確なことは不明です。
ただ、本寺は天台宗総本山延暦寺の末寺で、甲賀六大寺(矢川寺、河合寺、新宮寺、油日寺、千光寺、櫟野寺)の筆頭と云われ、この地の天台文化の中心寺院でした。この六大寺も現在は千光寺・櫟野寺を除き廃寺となっています。
また櫟野寺には、阿弥陀寺(櫟野)・仏生寺(神)・常楽寺・地蔵寺(櫟野)・成道寺(櫟野)・安国寺(櫟野)・詮住寺(櫟野)など多くの末寺を擁していましたが、これらも時代と共に廃れ廃寺となりましたが、これらの寺の安置されていた本尊をはじめとした仏像がこの櫟野に集められたのです。
これが現在の国の重要文化財に指定されている20体ほどの平安仏たちです。
寺の建物は何度も焼失していますが、そのたびにまた再建されてきました。最近では1968年(昭和43年)に本堂が焼けてしまいましたが、その少し前に完成した収蔵庫に仏像たちは移されていて無事でした。
ところで「櫟野寺」というお寺の名前は普通なかなか読めませんよね。「櫟」は赤い実をつける木の名前で「イチイ」とも読みます。また詩集などで知られる「アララギ」も同じ木のことです。
でも「イチイ」という名前にも由来があって、「一位」、すなわち「正一位」という最高の位のことを意味します。一般に正一位は権力の最高位についた人物など以外には与えられず、生前にこの位の叙勲を受けたのは6人だけです。
また一般には位の高い神社にも与えられています。きっと全国の稲荷神社などに「正一位」と書かれた旗などを見かけたことがあると思います。これは「伏見稲荷神社」にこの位が与えられ、全国の稲荷神社が伏見稲荷から神様を勧請(かんじょう:分霊)しているからです。このことから、この寺の名前も「らくやじ」と読まれるだけではなく「いちいのでら」とも呼ばれています。これも「最高位」という意味合いを込めて名つけたのだと思われます。
この寺の本尊である大きな十一面観音像は「いちいの観音様」とも呼ばれて親しまれています。
でもこの櫟という木が「一位」と呼ばれるのには、そもそもの由来があります。
仁徳天皇(推測では4世紀末~5世紀始め)がこの木でしゃくをつくらせ、正一位を授けたので「一位」といわれているということですが、これも神話時代の話でもありあまりはっきりしていません。
櫟野寺の仏像の詳細
【秘仏】十一面観音坐像 【重文】(平安時代10世紀 一木造)〈像高3.12m〉
普段は寺の収蔵庫の中央にある大きな厨子に内に安置されているこの寺の本尊です。
33年に一度開帳されてきましたが、現在は春秋などに特別公開されています。長い間秘仏であったため、像の状態はよく色合いも良く残っています。
像高が3m以上の坐像で、重要文化財に指定された十一面観音坐像では日本最大といわれています。台座や光背を含めると約5.31mもあり、拝むのも上を見上げる状態になります。
頭と体は一本の大木から彫り出した一木造りで、胸も全体に厚みがあって重厚な仏様で、顔は大きく弧を描いた眉に目鼻立ちがはっきり整っていて優しさもあります。頭上の十一面の化仏もきれいに残されています。
言い伝えでは、792年に比叡山を開祖したといわれる伝教大師最澄が、延暦寺の根本中堂建立のための用材を求めて、この甲賀の地に来て、櫟(いちい)の巨木に霊夢を感じ一刀三礼のしながら本像を刻んだといわれていますが、像の制作年代はもう少し後の10世紀頃と見られています。
こちらの仏像は秘仏で常に拝観できるワケではありません。現在は年に2回の会期で御開帳しています。秘仏情報はこちらをご覧ください。
春の特別拝観(期間:4月19日から5月第2日曜日)
秋の特別拝観(期間:10月19日から11月第2日曜日)
(2019年8月現時点の情報)
薬師如来坐像【重文】(12世紀 寄木造)〈像高:2.22m〉
櫟野寺の筆頭末寺であった、油日岳奥の院「詮住寺」の本尊であったと伝わっています。
薬師如来像ですので、左手には薬壺をもっています。この像は寄せ木作りで造られており、また穏やかな表現など、平安時代末期に寄せ木造りを完成させた「定朝様」様式となっています。
像の大きさは、当時理想的な大きさといわれた周丈六(しゅうじょうろく)の2.22mを基準に造られています。
延暦寺根本中堂の本尊は薬師如来ですので、末寺から櫟野寺に移された像ですが、今ではしっくりとこの寺にふさわしい仏様となっているといえるでしょう。
地蔵菩薩坐像【重文】(平安時代~鎌倉時代 1187年制作)〈像高 110.8cm〉
櫟野寺末寺「地蔵院寛澤寺」の旧本尊でした。
体内に1189年に勧進聖人蓮坐が数十人の縁起が記されています。制作当時、奈良・京都では仏師運慶らによる写実的・また動的な仏像が造られるようになっていましたが、この辺りではまだ平安朝の穏やかな姿の像が造られていたようです。
この地蔵菩薩像のお腹には、腹帯が結ばれているため、安産のお地蔵さまとして信仰されています。
毘沙門天立像【重文】(平安時代 10~11世紀)〈像高:176cm〉
この毘沙門天は、征夷大将軍坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が自身の分身として彫ったと伝わる等身大の像です。
寺伝では、坂上田村麻呂が鈴鹿山の山賊との戦の戦勝をこの寺に祈願して、無事勝利したため、寺の本尊を守護するために806年に祀ったものだとされています。しかし、像の制作年代は田村麻呂の生存時代よりも後です。
顔の表情は特徴的で、つり上げた目と眉に、歪んだ口の様子など、どこか人間的で親しみのある表情をしています。
また、腹の真ん中に顔が描かれています。
観音菩薩立像【重文】(平安時代 10~11世紀)
櫟野寺には、本尊の十一面観音菩薩坐像をはじめ、10世紀~12世紀にかけて造られた観音菩薩像が複数残されています。
これは琵琶湖の湖北地方とも共通する「観音信仰」がこの地にも深く根ざしていたと言えるでしょう。この観音像も優雅で細身の体つき、細い切れ長の目などの表情には厳しさもあります。
吉祥天立像2躯【重文】
2体あり、1体は東京国立博物館寄託されています。
この寺には重要文化財指定の仏像が20体もあります。全てを紹介することは出来ませんが、平安時代の10世紀から12世頃に制作された素朴な少しひなびた感じのする仏像も多く含まれます。
附録
2016年9月13日 ~2017年1月9日に東京国立博物館で「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」としてこの寺の20体すべての仏像が展示されました。
櫟野寺のご朱印
櫟野寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 福生山 自性院 櫟野寺 |
宗派 | 天台宗 |
住所 | 〒520-3412 滋賀県甲賀市甲賀町櫟野1359 |
電話 | 0748-88-3890 |
拝観時間 | 拝観時間:夏 9:00~17:00 |
拝観料金 | 大 人 500円 |
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