岩手・天台寺の仏像|鉈彫の聖観音立像(桂泉観音)と十一面観音立像に会う(拝観料・時間つき)

岩手県二戸市、青森県との県境が近い山の中に、「仏教の終着駅」と呼ばれてきたお寺があります。日本で最北の寺といわれる天台寺です。
平安時代、このあたりはまだ朝廷の力が及ばない蝦夷地(えぞち)でした。そこに、寺伝では728年に行基が開いたと伝わる寺があります。参道の入口には桂の大木があり、根元から泉が湧いている。その桂の木で聖観音を彫ったのが始まりだ、という言い伝えです。
私が訪ねたのは10年ほど前です。念のため予約を入れて行きました(いまは予約は不要とのことです)。山深い場所ですが、八戸自動車道の浄法寺ICからは車で10分ほど。拝観に訪れる人は多くありません。

天台寺・聖観音立像(桂泉観音):ノミ跡を体に残した本尊

本堂の裏の収蔵庫に、ガラスケースに入って立っているのがこの像です。体の表面には、ノミの彫り跡が横の縞になって残っています。ところが顔や手、像の裏側はなめらかに仕上げてある。粗く彫ったまま止めたのではなく、残す場所と磨く場所を分けているように見えます。
この彫り方を「鉈彫(なたぼり)」といいます。鉈彫の像に会える機会は多くありません。東日本に多い表現なのかもしれません。これは私の見立てで、まだ確かめていない推測です。
仏像リンク編集部MEMO 📝




像の高さは116.5cm。桂の一木造で、平安時代中期、行基の時代より少し後の作と見られています。この像より北には、平安時代から続く仏像は残っていないといわれ、仏教伝来の最北の像として語られてきました。「桂泉観音」という別名は、桂の根元から湧く泉にちなむとされます。一彫りごとに三度礼拝して彫る「一刀三礼」で造られた、という伝えもあります。
聖観音さんがどんな尊格なのかは、こちらにまとめています。
名称: 木造聖観音立像(重要文化財)
時代: 平安時代中期
像高: 116.5cm(116cmとする記載もあり)
材質: 桂の一木造
特徴: 体に残るノミ跡の横縞(鉈彫)と、なめらかに仕上げた顔・手・背面の対比。
天台寺・十一面観音立像:同じ頃の、鉈彫ではない像

聖観音さんと同じ収蔵庫に立つ、もう1体の重要文化財です。聖観音さんとほぼ同じ頃の造像といわれ、同じ桂の一木造。頭上に小さな顔を戴き、目を細めたやわらかい顔をしています。
聖観音さんと違うのは、鉈彫の手法を使っていないことです。像の特徴が似ているため、同じ仏師の手ではないかともいわれます。同じ木、同じ時代、おそらく近い手。それなのに仕上げが違う。2体を続けて見ると、「なぜ片方だけ跡を残したのか」という問いが、自分の目の中に生まれます。
仏像リンク編集部MEMO 📝


像の高さは174cmで、聖観音さんより大きな像です。十一面観音さんの見分け方は、こちらの解説をどうぞ。
名称: 木造十一面観音立像(重要文化財)
時代: 平安時代中期
像高: 174cm
材質: 桂の一木造
特徴: 頭上の小さな顔と、やわらかな表情。聖観音立像と違い、鉈彫は用いない。
その他の見どころ
収蔵庫の像たち

収蔵庫には、一部が傷んだ像も含めて10体ほどの像が安置されています。すべて桂の木で造られています。素朴な顔の像が多く、吉祥天立像は顔こそ彫ってあるものの、衣は墨で描かれています。
本堂と薬師如来像

江戸時代に盛岡藩の南部氏の保護を受けて建てられた本堂で、現在の建物は1690年に南部重信が建てたと伝わります。堂内には、大仏のようにどっしりと座る薬師如来像があります。

一時は野ざらしだったためか、木の風化はかなり進んでいます。それでも、閉じかけた目と口元には、ほかの天台寺の像と同じ温かみが残っています。
仁王門の仁王像

体の悪いところと同じ場所に白い紙を貼ると、仁王さんが病を引き受けてくれる、という伝承があります。顔も腕も白い紙でびっしりと覆われているのは、それだけ多くの人が願いを託してきた証です。


参道のお地蔵さん


参道や境内のあちこちに、小さな地蔵像が祀られています。寺で古木が伐採された事件があり、その木を供養するために祀るようになったと伝わります。


あじさい祭りと浄法寺塗
入口の参道や境内にはアジサイが植えられていて、7月には「あじさい祭り」が行われます。周辺の「浄法寺町」は、漆器「浄法寺塗」の国内有数の産地です。天台寺の僧が平安時代から、自分たちの食事に使う漆の器を作っていたことが始まりといわれます。
お寺の歴史と伝承
寺伝では、728年(神亀5年)に行基が聖武天皇の命を受け、清らかな泉の湧くこの地を霊地として、泉のそばの桂の木で聖観音を彫って本尊にしたのが始まりとされます。
ただ、奈良時代に朝廷の制度が及んでいたのは、仙台近郊の多賀城あたりまでです。9世紀に入って坂上田村麻呂が胆沢城を築き、ようやく北へ手が伸びました。今の本尊の造像は平安時代中期の11世紀ごろとされ、そのころに寺として整えられたと考えられています。
江戸時代には盛岡藩南部氏の保護を受け、観音霊場として栄えました。いまも糠部三十三所観音巡礼の第33番札所です。一方で、この地は冷夏のたびに飢饉に見舞われてきた、とも伝わります。
明治になると、廃仏毀釈の拡大解釈で、末社27社を含む多くの建物が壊されました。いまの境内は、もとの領地の20分の1ほどです。経文や仏像も焼かれ、日本で最大級の被害を受けた寺といわれます。現在の本尊などは、檀家の人たちが山林に隠して難を逃れたと伝わります。土中に埋められた像もあり、保存状態の悪い像が残るのはそのためです。
その後、杉の古木が伐られるなど、荒れた時期が続きました。1975年に今東光が再興に着手し、1977年に急逝します。そのあとを継ぐように、作家の瀬戸内寂聴が1987年から2005年まで住職を務めました。堂宇の再建と月1回の法話で、寺は全国に知られるようになりました。
主な歴史年表
728年: 行基が開いたと寺伝に伝わる
9世紀初め: 坂上田村麻呂が胆沢城を築く
平安時代中期(11世紀ごろ): 聖観音立像・十一面観音立像がつくられたとされる
江戸時代: 盛岡藩南部氏の保護を受ける。1690年、南部重信が本堂を建てたと伝わる
明治時代: 廃仏毀釈で多くの建物・仏像が失われる
1975年: 今東光が再興に着手(1977年に急逝)
1987〜2005年: 瀬戸内寂聴が住職を務める
なぜ、最北の山に、こんなに近しい顔の像が残ったのか
天台寺の像は、どれも妙に近い。顔は素朴で、体には彫り跡が残り、衣は墨で描いてある。都の仏像のように磨き上げた姿ではありません。それなのに、前に立つと目が離れない。
わかっているのは、次のことです。この寺は朝廷の力が及ぶ前の蝦夷地の南の端にありました。冷夏のたびに人が飢えた土地でした。明治には廃仏毀釈で、日本で最大級の被害を受けました。それでも本尊は、檀家の人たちが山に隠し、土に埋めて守ったと伝わります。


ここからは私の想像です。
像が今まで残ったのは、立派だったからだけではなく、飢えの年にも手を合わせる人が絶えなかったからではないでしょうか。飾った像より、手元にある、顔の知れた像のほうが、人は手放せない。天台寺の像が「近しい顔」をしているのは、そういう人たちに守られてきた時間が、木肌に出ているからなのかもしれません。
まとめ:整えきらない像を、人が手放さなかった
もう一度、収蔵庫を思い出してください。体にノミ跡を残した聖観音さん。手の先を失った十一面観音さん。衣を墨で描いた吉祥天さん。風化した薬師如来さん。どの像も、整えきった姿ではありません。
けれども、その整えきらなさのおかげで、像と人の距離が近い。山に隠され、土に埋められ、それでも戻ってきた像たちです。私は、天台寺の像の魅力は「完璧でないものを、人が守り続けた」ところにあると思っています。
鉈彫は、仕上げの途中なのか、完成した姿なのか。天台寺だけで答えを決めず、別の鉈彫の像と見比べてみませんか。答えは、次に見る1体で変わるかもしれません。
次に会いに行くなら
「鉈彫は途中か完成か」の続きを見るなら、弘明寺。横浜にも鉈彫の十一面観音立像があります。首都圏から日帰りで行けるので、天台寺の前の予習にも、あとの見比べにも向いています。
同じ岩手で、木の使い方の違いを見るなら、成島毘沙門堂。ケヤキの巨像と、目を閉じた伝吉祥天立像が待っています。桂の一木とは、また違う木肌です。
天台寺と対極の金色を見るなら、中尊寺。同じ岩手の平安の仏像を、こんどは金色堂で。木の肌と金の輝きを並べて思い出せます。
同じコース「東北の古仏をたどる」で、こんなところはどうでしょう
天台寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 八葉山 天台寺 |
宗派 | 天台宗 |
住所・アクセス | 〒028-6942 岩手県二戸市浄法寺町御山久保33。車は八戸自動車道の浄法寺ICから約10分。電車は東北新幹線・IGRいわて銀河鉄道の二戸駅からバスで約30分、バス停から坂道を歩いて上ります(バスの本数は少ないため時刻の確認を)。冬は雪が深い地域です |
電話 | 0195-38-2500 |
拝観時間・拝観方法 | 8:30〜16:00/年中無休。事前の予約は不要です(2026年11月にお寺へ電話で確認)。聖観音立像と十一面観音立像は本堂裏の収蔵庫に安置されています |
拝観料金 | 500円(2026年11月にお寺へ電話で確認) |
拝観時間・料金は変わることがあります。2026年11月にお寺へ電話で確認した内容を載せています。お出かけ前にご確認ください。参考:東北観光推進機構
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地域タグ:岩手県の仏像

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