南下して|大悲山の石仏(福島県南相馬市小高区)


 10月中旬の仙台は思った以上に肌寒く、半袖で来てしまったことを後悔し、鞄の奥から取り出した薄手のダウンジャケットだけが生命線だった。

 

仙台駅近くの担々麺を食べ、翌日に控えた仏像巡りに備えて宮城県の歴史をちゃんと勉強しようと多賀城へ向かった。多賀城にある歴史博物館で多賀城廃寺がいかに東北地方の中で大事な拠点だったか、特に蝦夷征伐においては宮城県の多賀城がその起点となり、東北地方が日本の国政への統合が進んだものだと学ぶことができた。

 

予定よりも早く拝観が終了してしまったので、駐車場の車の中でさてどうしようかと頭を巡らせる。

 

本線としては多賀城から北西方面に進み鳴子温泉郷にある温泉巡りをしようかと考えたのだが、温泉の入るための準備をさほどしていなかった自分としては、どうにも気がすまない。

 

携帯電話で地図を開いて、さてどうしようかと改めて地図を眺めていると1つのポイントが目に止まった。福島県南相馬市にある「大悲山の石仏」。予定していた鳴子温泉郷とは真逆の福島方面。レンタカーの返却時間もあるためすぐさま携帯電話で、返却時間に間に合うか全て拝観時間を込みで考える。その結果、ギリギリ間に合うと計算がつき急いでエンジンをいれ多賀城インターから高速道路に乗り込み、宮城から福島方面へ南下を開始した。

 

高速道路走っていると普段私が生活している中ではまず出会うことがない表示看板が目に止まった。それは本日の放射線量という電子看板。福島県の北東部は東日本大震災の原発事故のあった東京電力原子力発電所から比較的近く、あの地震から7年経過してもなお今に続く東日本大震災を実感させられた。車を走らせながら2011年3月11日のことを思い出していた。

 

今回行こうと決めた大悲山の石仏も最初に知ったのは多摩美術大学の青木淳先生の著書「福島の磨崖仏、鎮魂の旅へ」であり、この原発事故のイメージと大悲山石窟の仏像群は切っても切り離せない存在だった。

 

 

インターから降りて南相馬市内の街中を車で進んでいく、勝手ながら町が廃墟のイメージすら持っていたのだが街中は想像に反してとても明るい。津波の影響からか沿岸部は新しい家家が目立ったのだが、少なくとも僕が思っていた大悲山の石仏のイメージとはかけ離れた世界であり少しほっとした。

 

 

石仏の前にある生店出た駐車場に車を止めると大きな杉の木が目に止まった。これは福島県の天然記念物に指定されている。これだけの大きな杉の木の下に薬師堂が立っている木造の薬師堂は比較的新しい建物のように見えたが風化も感じ、現在はおそらく南相馬市が管理をしており、薬師堂の前に到着すると自動的に電気がつき薬師堂の中が明るくなった。

 

 

ガラスドアの向こう側に目的であった石仏たちが広がっている。仏像たちは薄く赤みがかった色が残っている。

 

 

今ほぼ全ての仏像が顔が落ちておりどのような表情だったかはわからない、しかしながら石仏が持つボリュームのある体つきは平安時代の仏像表現の名残を今に伝えている。ぼろぼろになった岩肌にはかつてたくさんんの石仏が彫られて、多くの人や僧侶の信仰を受けていたことを想像させ、また石仏の風化が遠い時間の経過を感じさせられた。

 

薬師堂から約200メートルほど璧に沿って歩いていくと阿弥陀堂が現れる。阿弥陀堂の上に白いシートがかかっていたがこれは風化を少しでも食い止めようとする対策なんだろう。

阿弥陀堂の中の阿弥陀如来はほぼ完璧と言っていいほど仏の姿はなかった。長年の風化によって仏の姿は全くなくなってしまっていた。お堂の大きさからするとかなりの大きさがあったことと想像されるが今はその姿を想像するしか術がなくなってしまっていた。

 

 

薬師堂と阿弥陀堂とは少し離れたところにある観音堂へ車で向かった。観音堂はきれいな木造の建築でリニューアルされていて広々とした空間で仏と対面することができた。

 

 

観音堂の中に入ってみるとそこにひろがっていたのは大きな菩薩の顔。体の部分の多くは風化によって見えなくなってしまっているが、顔の部分や千手観音の周りを飛んでいて、その姿は今でも確認することができる。

 

薬師堂の仏像に比べるとかなり薄彫にほられていて、立体の像と言うよりも図像に近い印象を受ける。目の前に広がった岸壁をキャンバスに大きくありありと映し出され、仏と自分の時間がゆっくりと流れる。

 

 

大悲山の石仏は悲しいイメージが先行していたが、実際に訪問してみたところそんなこともなかった。どこの地方にもある日本の小さな町とさほど変わらない雰囲気であり心のどこかでほっとできた。

 

静けさの中で海の向こう、大陸の彼方にある仏教石窟の姿を、大悲山の石窟に照らし合わせていた。

大悲山の石仏の拝観料金、時間、住所、電話など

正式名称

大悲山の石仏

大悲山の石仏とは「薬師堂石仏」「観音堂石仏」「阿弥陀堂石仏」の総称です。

宗派

住所

〒979-2133 福島県南相馬市小高区泉沢薬師前

電話

なし

拝観時間・料金

境内自由

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参考書
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地図