奈良・秋篠寺の仏像|伎芸天と、年に1日だけの秘仏・大元帥明王に会う(拝観料・時間つき)

奈良の秋篠の里に、頭だけが奈良時代の像が立っています。首から下は、鎌倉時代に木で補われたものです。
南門を入ると、苔の庭の中を、木々に覆われた参道がまっすぐ続きます。足もとは一面の緑で、幹の途中にも苔の斑が浮かんでいます。奥にあるのは国宝の本堂。派手な塔も大きな金堂もなく、境内の主役は堂と森と苔です。
私が秋篠寺で見てほしいのは、伎芸天さんと大元帥明王さんです。1体は頭と体で時代が違う女神さん、もう1体は年に1日だけ扉が開く秘仏。まずは行き方を確かめて、本堂へ入りましょう。

近鉄大和西大寺駅の北口から、奈良交通バスの押熊行きで約6分、「秋篠寺」で降りれば東門はすぐです。近鉄京都線の平城駅からは800〜900mほどで、歩いて11分ほど。大和西大寺駅からは1.5kmほどで、南門に着きます。
秋篠寺・伝伎芸天立像:頭だけが奈良時代の女神さん

最初に見てほしいのは、首のあたりです。
首を少し左にかしげ、伏し目がちに口もとをゆるめています。胸元は大きく開き、腰をゆったりひねって、足先をわずかに開いて立つ。仏像というより、彫刻の前に立っている気分になる、と言われる像です。
私は、この像の見どころは「つなぎ目が見えないこと」だと思っています。頭と体で時代が違うのに、立ち姿に不自然なところがありません。
仏像リンク編集部MEMO 📝




文化遺産オンラインでの名称は「木造伝伎芸天立像(頭部乾漆造)」で、重要文化財です。乾漆造は、漆と麻布で形をつくる技法。頭は奈良時代の乾漆、体は鎌倉時代に木で補われたと考えられています。

顔の肌のなめらかさと、体の衣のひだの彫りの深さを、上から下へ見比べてください。素材も時代も、首のあたりで切り替わります。
名称: 木造伝伎芸天立像(重要文化財)
時代: 頭部は奈良時代(天平期)、体部は鎌倉時代
像高: 204cm
材質: 頭部は乾漆造、体部は木造(寄木造)
特徴: 首を少し左にかしげた伏し目の顔。胸元が開き、腰をひねって立つ姿。
秋篠寺・大元帥明王立像:1年のうち1日だけ開く扉

もう1体は、会える日を先に決めてから向かう像です。扉が開くのは、6月6日の特別開扉の日だけ。
姿は、怒りの顔に6本の腕。逆立つ髪の下で、手にはそれぞれ武器を構え、体には蛇が巻きついています。ヘビ巻きの姿は軍荼利明王さんとよく似ていると言われます。作例は少なく、京都の東寺などにわずかに残る程度です。
仏像リンク編集部MEMO 📝


大元帥明王は、国を守る力をもつとされる明王で、古くは宮中で信仰されてきました。
この寺の像には、こんな伝承があります。遣唐使の小栗栖常暁(おぐるすじょうぎょう)が唐へ渡る前、境内の閼伽井(あかい)の水面に、自分の背後に立つ憤怒の姿を見た。唐で同じ姿の像に出会い、その像を彫ったと伝わります。井戸は本堂の東にあり、「香水閣」と呼ばれています。いま堂にある像は、鎌倉時代につくられたと伝わります。

この日は、大元帥明王の御朱印を求める人も多く、行列ができると言われます。時間に余裕をもって計画を立ててください。
名称: 大元帥明王立像(秘仏)
時代: 鎌倉時代と伝わる
公開: 6月6日の特別開扉の日のみ
特徴: 一面六臂の憤怒相。手に武器を構え、体に蛇を巻く。
秋篠寺・薬師三尊と十二神将:木の肌を見せる本堂

本堂の中は薄暗く、正面の須弥壇の中央に、本尊の薬師如来坐像。左右に日光菩薩と月光菩薩が立ち、その両側を十二神将が守ります。西側に伎芸天さん、東の端に伝帝釈天さんが並ぶ配置です。
私は、この本堂を「肌の違いを見比べる堂」だと思っています。彩色を残した像、色が落ちた像、そして木の肌をそのまま見せる像が、同じ堂に立っているからです。
本尊は、素彫りの美しい像です。左手に薬壺を持ち、右手は施無畏印。大きな丸い顔と大きな耳に、どっしりした体つきで、光背には10個の梵字が墨書されています。薬師如来さんのことは、薬師如来の解説にまとめています。
名称: 木造薬師如来坐像(重要文化財)
時代: 平安時代中期
像高: 140cm
材質: 寄木造、素地仕上げ
特徴: 大きな丸い顔と大きな耳。左手に薬壺、右手は施無畏印。光背に梵字の墨書。
日光菩薩・月光菩薩:縦に流れる衣

左右の日光菩薩(像高156cm)と月光菩薩(像高155cm)は、平安時代初期の一木造で、重要文化財です。いまは色の多くが取れていますが、もとは極彩色だったとされます。袖の背面に翻波式の気配があり、奈良時代の末から平安時代の初めへ、様式が移る途中の像と見られています。
十二神将:小さくて、ちょっとコミカル

十二神将の大きさは、65.8〜72.5cmと小ぶりです。表情もどこかコミカルで、堂の空気をほぐしています。
その他の見どころ
十一面観音立像:預けられた先で会う

平安時代9世紀の十一面観音立像(重要文化財)は、東京国立博物館に預けられている像で、展示のタイミングが合えば会えます。ヒノキの一木造で、像高は165.8cm、ほぼ等身大です。
目じりを少し上げ、口をきりっと結んだ顔。高い鼻と薄い唇に、異国の気配があります。背中では天衣と条帛がX字に交わり、この形は9世紀の檀像に通じるもので、唐の彫刻との関係がうかがえます。十一面観音さんの見分け方は、十一面観音の解説へどうぞ。


地蔵菩薩立像:木目の浮かぶ子どものような顔

地蔵菩薩立像(重要文化財)は、平安時代中期の針葉樹の一木造で、像高92.9cm。顔つきはきりっと厳しいのに、全体に寸足らずで、どこか子どものように見えます。衣の先や裾の一部は後の補いです。地蔵菩薩さんのことは地蔵菩薩の解説で。
梵天立像:頭は乾漆、体は1289年の補い

梵天立像(重要文化財)は、頭が8〜9世紀の乾漆造、首から下が鎌倉時代の寄木造で、像内の修理銘から、体は正応2年(1289)に補われたことが分かっています。奈良国立博物館に寄託されていて、なら仏像館で期間を限って公開されることがありますが、時期は不定期です。寺の伝承では梵天ですが、体は甲をつけ、帝釈天を思わせる姿です。梵天さんと帝釈天さんについては梵天・帝釈天の解説にあります。
苔の庭

参道の両側は、苔と木々でできた庭です。南門から入ったほうが、お寺の雰囲気がよく伝わります。秋には黄葉もきれいです。
お寺の歴史と伝承

秋篠寺は、776年に光仁天皇の勅願で、法相宗の僧・善珠(ぜんじゅ)が創建したと伝わる、奈良時代最後の官寺です。最盛期は大きな寺でしたが、1135年の兵火で、講堂を除く金堂、東塔、西塔、南大門などの主要な堂が焼けました。

焼け残った講堂が、のちに本堂となります。各堂に安置されていた像は、この本堂に集められました。いまの本堂は鎌倉時代の初めに建て直されたもので、国宝です。金堂や東塔、西塔は再建されていません。
主な歴史年表
776年: 光仁天皇の勅願で、善珠が創建したと伝わる
奈良時代〜9世紀: 伎芸天・梵天などの頭部が乾漆でつくられる
1135年: 兵火で講堂以外の主要な堂が焼ける
鎌倉時代初期: 講堂が建て直され、本堂となる
1289年: 梵天立像の体部が補われる(像内の修理銘)
なぜ、頭と体で時代が違う像が並ぶのか
秋篠寺には、伎芸天さんのように頭が奈良時代で、体が後の時代に補われた像が、ほかにもあります。伝帝釈天立像、梵天立像、伝救脱菩薩立像。どれも頭は天平期から9世紀の乾漆造で、体は鎌倉時代の寄木造です。
救脱菩薩という名前は、近代につけた仮の名前で、本当は何の像か分からないとされます。像内には「院湛(いんたん)」という仏師の名が残り、秋篠寺の天平期の像の体部は院派の仏師が補ったと考えられています。院派は、京都の貴族の世界で活躍した仏師の集団です。



ここからは私の想像です。
1135年の火災で、堂は焼け、像は講堂に集められました。そのとき、体が傷んだ像があったのかもしれません。それでも頭は残された。人が手を合わせるとき、まず向き合うのは顔です。体は新しい木で替えても、顔だけは替えたくなかったのではないか。私はそう思っています。
名札が「伝」のままの像が並ぶのも、この寺らしい景色です。名前も体も替わったのに、顔だけが残った。秋篠寺の本堂に立つのは、そういう像たちです。
まとめ:体が替わっても、顔が残った寺
伎芸天さんは、首のあたりで素材と時代が切り替わります。梵天さんも、救脱菩薩さんも、体は後の補いで、名前まで仮のままです。それでも、本堂の中で手を合わせたくなる像として、立ち続けています。
その本堂の奥には、年に1日しか開かない扉があります。大元帥明王さんは、顔も体も怒りで満ちた像です。替わった像と、替わらずに閉じられた像が、同じ寺に並んでいる。秋篠寺は、そういう場所です。
では、あなたは、像のどこに手を合わせるでしょうか。顔か、体か、それとも名前か。


顔が残った像のあとは、扉が閉じたままの像の顔を見に行きたくなります。
次に会いに行くなら
扉が閉じた秘仏の顔を、もう1か所見るなら、観心寺。大阪府河内長野市の寺で、決まった日にだけ如意輪観音坐像の扉が開きます。大元帥明王さんと同じく、妖艶な秘仏に公開日で会いに行けます。
秘仏の女性の像に会うなら、浄瑠璃寺。京都府木津川市の寺で、秘仏の吉祥天立像が期間を限って公開されます。伎芸天さんと同じ「天」の女性の像です。公開期間は、お出かけ前に公式で確認してください。
同じ奈良時代の、素材の違う像を見るなら、大安寺。秋篠寺の乾漆の頭のあとに、天平の木彫の観音さんが並びます。素材が変わると、顔つきも変わります。
同じコース「奈良の基本をおさえる」で、こんなところはどうでしょう
秋篠寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 秋篠寺 |
宗派 | 単立 |
住所・アクセス | 〒631-0811 奈良県奈良市秋篠町757。近鉄大和西大寺駅北口から奈良交通バス押熊行きで約6分、「秋篠寺」下車すぐ。無料駐車場あり(普通車12台・バス8台) |
電話 | 0742-45-4600 |
拝観時間・拝観方法 | 9:30〜16:30。大元帥明王像の特別開扉は6月6日 |
拝観料金 | 大人・大学・高校生500円、中学生200円、小学生100円(小・中学生は成人家族の同伴が必要。お出かけ前にお電話でご確認ください)。団体30〜80人は大人450円・大学400円・高校350円 |
拝観時間・料金は変わることがあります。お出かけ前にご確認ください。参考:奈良市観光協会
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