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浄土宗とは?お経や総本山、開祖、本尊などポイント11選!浄土真宗との違い

浄土宗

 「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」ということば、聞いたことある人いっぱいいますよね。意味はよくわからないけど・・・でも何となくご利益ありそうなフレーズで、お寺で唱えた人もいるのでは。「南無阿弥陀仏」とたくさんの人が唱えるようになったのは浄土宗のおかげです。

浄土宗とはとにかく「南無阿弥陀仏」と唱えればいいという、シンプルかつイージーな仏教の宗派です。

そんな浄土宗についてまとめてみました。まず基本情報から見てみましょう。

結論まとめ!浄土宗とはどんな宗教?開祖は法然

 浄土宗の開祖は法然です。武士の子だった法然は比叡山で修行をしたのち、中国の僧・善導に出会います。そして、善導の教えを受けて浄土宗を開きました。基本情報をまとめます。

  • 開祖:法然
  • はじまり(開宗の年):平安時代末期の1175年。
  • 教えの特徴: 念仏「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」を唱えれば、極楽浄土に行ける。念仏を唱える以外、必要な修行はなし!
  • 総本山:知恩院(京都)
  • 本尊:阿弥陀如来
  • 特徴となるお経:浄土三部経(阿弥陀経、無量寿経、観無量寿経)

それでは、浄土宗のはじまりからおさらいしましょう。

浄土宗のはじまり(法然開宗の年)

浄土宗は、平安時代末期の1175年にはじまりました。平安時代の終わり、戦乱や天災があいつぎました。朝廷では、天皇と上皇(退位した元天皇)が争って、そこに武士の源氏と平氏がそれぞれの側を味方して刀でやりあう大きな争いになりました。源氏と平氏の争いは京都から各地に広がりました。また、平安時代の終わりには「太郎焼亡」「次郎焼亡」という二つの大きな火災が京都でおこって、地震、日照り、洪水も多くて、作物が十分育ちませんでした。

食べるものがなくなって、養和の大飢饉(1181~82)になります。飢えて死んだ人が道にほうっておかれ、地獄絵のようだったそうです。

平安京内だけでも4万人の人が飢え死にしたと伝えられています。浄土宗はこういうダークな時代に始まり、救いを求める人々に広がっていきました。それでは、浄土宗を始めた法然について見てみましょう。

 

【はじまり】武士の子だった法然。父の死で僧侶の道へ

 法然(1133-1212)は平安時代の終わりから鎌倉時代はじめに登場した僧侶です。法然は美作(みまさか 現在の岡山県)に武士の子として生まれました。

そのままなら武士になるはずでしたが、9歳の時に父親が夜襲を受けて死んでしまいました。父親は、死ぬ直前に「ぜったいかたき討ちはするな。これは前世の宿命だと思って、今後は善い行いをするため出家しなさい」法然に言い残しました。そして、法然は叔父が住職をしていた寺で、学問と仏教を学びます。

法然はとても賢くて、1を聞くと10理解し、決して忘れなかったそうです。将来を見込まれた法然は、13歳の時、叔父の紹介で京都の比叡山で天台宗を学んで僧の修行をすることになりました。比叡山で法然はみるみるうちに頭角を現します。

 

【挫折】比叡山での挫折と、中国の僧・善導との出会い

 修行は順調だったのですが、法然はこのままここで僧になっていいのかと悩むようになります。当時の比叡山では、僧たちは苦しんでいる人を救うことより、権力争いばかりしていました。人々を仏教で救いたいと思っていた法然はゲンメツ。そこで5年で天台宗の修行をやめて、18歳で、比叡山の黒谷に住んでいた叡空(えいくう)の弟子になります。ここで叡空から「法然房源空」の法名をもらいました。“法然”の誕生ですね。

叡空の下で、お経や書物をたくさん読んで修行しました。24歳で比叡山を去った法然は、奈良や京都などで学者やいろいろな宗派の僧と交流します。時には黒谷で学びなおしたこともあったそうです。7千巻あまりある「一切経」というお経を5回も読んだ法然。ですがなかなか「コレだ!」という道は見つかりませんでした。

そして浄土宗を開く

 43歳の時、善導の「観無量寿経疏」(かんむりょうじゅきょうしょ)というお経の解説書を読んでいました。3回目を読んでいる時、「南無阿弥陀仏を唱えればだれでも極楽浄土にいける」という1文に気づきます。法然はこれこそが人を苦しみから救う道だと思いました。そして、阿弥陀如来に念仏を唱えて救いを求める、浄土宗を開きました。やっと浄土宗にたどり着きましたね。それでは、浄土宗とはどんな教えなんでしょうか。

 

 

浄土宗の教えの特徴

 浄土宗の教えの特徴は、「南無阿弥陀仏」という念仏です。ひたすら「南無阿弥陀仏」と唱えることで極楽浄土に行くことができるという教えでした。

この教えは「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」といって、インドの浄土教が元になってます。浄土教では、仏教での最高神・阿弥陀如来にすべてをまかせて念仏を唱えることで救われると説きました。

これは「易行道(やさしいやり方)」といって、キビシイ修行をして自力で悟りを開く「難行道(むずかしいやり方)」と対比する教えでした。

 

 

長年、修行をしても悟りに至れなかった法然は難行道に限界を感じていて、易行道こそ人を救う道だと思ったんです。浄土宗が始まったころは、大火災や養和の飢饉で人々は苦しんでいたので、念仏を唱えるだけで救われるというシンプルな教えは庶民に広がります。やがて貴族や武士にも広がって、天皇までも法然から受戒を受けるようになりました。

 

 どんどん教えが広がる浄土宗。その浄土宗の本山はどこなんでしょうか。

浄土宗の本山

浄土宗の本山は京都の知恩院です。知恩院は浄土宗の最高位のお寺で総本山です。浄土宗が開かれた1175年に建てられました。知恩院は今も京都の人から親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれています。知恩院は法然が人生の後半を過ごして亡くなった後、そのゆかりの東山に建てられました。法然は知恩院を見てないんですね。国宝の山門や御影堂(みえいどう)なんかは江戸時代になってから建てられました。御影堂は念仏をとなえる道場で、法然の像(御影)がまつられています。

総本山の次に位が高いのが大本山です。東京の増上寺が有名です。増上寺はもともと真言宗のお寺だったんですが、室町時代、浄土宗に改宗しました。

浄土宗の本尊

 

 浄土宗の本尊は、阿弥陀如来です。仏教で最高の仏様です。阿弥陀如来が住んでいる世界が極楽浄土なんです。阿弥陀如来は仏様になるとき48個の誓いをたてました。48個の誓いで、人々を救おうとしたんです。

【仏像の種類:阿弥陀如来とは】南無阿弥陀仏と唱えるだけでOK!極楽浄土行き最終列車の運転手!阿弥陀如来は、阿弥陀仏ともいわれ、極楽浄土にいらっしゃる日本では超人気の仏さま。だって、全国の寺院の半数以上の本尊は阿弥陀如来なんですっ...

48個のうち、法然が一番大切だと思ったのは18番目でした。阿弥陀如来の18番目の誓いとは、

すべての人々がこころから信じてわたしの(阿弥陀如来の)国に生まれたいと願って、10回も念仏したのに、それでも生まれることができないならわたしは悟りを開きません

というものです。でました念仏!つまり10回の念仏で阿弥陀如来のいる世界=極楽浄土にいけるんです。これが「南無阿弥陀仏」ととなえたら極楽浄土に行けるという、浄土宗の教えにつながるんですね。ちなみに「南無阿弥陀仏」は18番目の誓いから生まれたので、その人がよく口にする言葉やくせを十八番(オハコ)というようになりました。その後、得意な芸を十八番(オハコ)というようになったんです。

ちょっと話がそれました。とにかく「南無阿弥陀仏」の浄土宗は、シンプルかつ簡単なのでまたたく間に広がります。そして、法然のたくさんいた弟子たちから分派ができました。そのうち浄土宗の主な分派を上げてみましょう。

浄土宗の主な分派

 法然の弟子によって、浄土宗は二つの主な分派にわかれました。そして、親鸞(しんらん)によって、浄土宗からは浄土真宗という違う宗派も生まれました。まず、二つの分派について、まとめましょう。

 

  • 弁長

鎮西派をおこしました。二類各生説をとりました二類各生説は「念仏を唱えれば極楽浄土にいけますよ。そして善い行いをすることも、極楽浄土にいく方法ですよ」という教えです。つまり念仏だけではなくて、善い行い=善行でも極楽浄土に行けるんです。念仏は阿弥陀の力=他力でしか極楽浄土に行けないけど、善行という自力でも極楽浄土に行けるという考えなんです。現在、浄土宗というとこの鎮西派の教えが主流です。

 

  • 証空

西山派をおこしました。一類往生説をとります。一類往生説とは「念仏こそが極楽浄土にいけるただ一つの方法です」という教えです。念仏を唱えて、阿弥陀の力=他力によってしか極楽浄土には行けないということになるそうです。

 

次に、法然の弟子だった親鸞が開いた浄土真宗について見てみましょう。

 

親鸞が開いた浄土真宗

法然の弟子だった親鸞は、浄土真宗という新しい宗派を開きました。浄土宗、浄土真宗、似た名前ですが違う宗派なんです。大きく三つの違いがあるそうなんです。その三つをまとめますね。

浄土宗と浄土真宗の違い

  1. 浄土宗の本尊は阿弥陀如来像という木像や絵という実物があります。しかし、浄土真宗の本尊は「南無阿弥陀仏」ということばだけです。阿弥陀の名前をさけぶ(=号す)ので「各号」と言います。

  2. 浄土宗には、出家があります。お寺でお坊さんになるということです。そして出家したら守るおきてである戒律もあります。でも浄土真宗では、出家しなくても救われるとして、出家も戒律もないんです。あと浄土真宗では、肉を食べても妻をもってもいいノープロブレムです。

  3. 浄土宗には臨終行儀(りんじゅうぎょうぎ)という儀式があります。人が死ぬときに行われる儀式のことです。人が亡くなるときの、病室の飾り方とか、亡くなる人への対応、お経の唱え方、死を見守る人の服装などが決められています。でも浄土真宗には臨終行儀をしません。

 

浄土宗より、もっと庶民の考えや生活に合わせたのが浄土真宗ですね。浄土真宗には悪人こそが阿弥陀如来によって救われるんだという考えもあります。「悪人正機」といいます。善行をつんだ善人だけでなく、悪人も救えるという浄土真宗。今では浄土宗より浄土真宗の方が信者やお寺の数が多いんですよ。

 浄土宗に話を戻しましょう。では、浄土宗の主なお経はなんでしょうか?

浄土宗の主なお経

浄土宗の主なお経は「浄土三部経」という三つのお経セットです。三つとは「阿弥陀経」「無量寿経」「観無量寿経」です。阿弥陀如来や極楽浄土に関することが書かれています。浄土宗では特に「無量寿経」を重視しています。

 

 

法然は、お経を何回も読んで勉強したとか。では、次に浄土宗の系列大学についてです。

 

浄土宗の系列の大学はある?

京都には浄土宗系の大学がいくつかあります。佛教大学では、浄土宗教師、浄土宗僧侶を目指すコースがあります。佛教大学は通信講座があるのが有名ですね。

 

 

あと、京都華頂大学、京都文教大学、京都西山短期大学があります。また、浄土宗教学院ではオンライン講座もあります。関東だと淑徳大学(千葉)、埼玉工業大学(埼玉)があります。

 浄土宗の僧侶を目指す人、勉強している人たくさんいるんですね。さて、浄土宗のお寺はどのくらいあるんでしょうか。

 

浄土宗の寺院数・東京の浄土宗寺院

浄土宗のお寺は7003寺あります。※ 『日本の仏教 13宗派のすべて』p37 英和出版社 2019年10月発行調べ

総本山の知恩院、大本山の増上寺はもう知ってますよね。この二つは鎮西派のお寺です。他にも蓮華寺(滋賀)、金戒光明寺(京都)、光明寺(神奈川)も鎮西派のお寺です。

西山派のお寺には、禅林寺(京都)、栗生光明寺(京都)、請願時(京都)があります。

東京・浄土宗大本山:東京タワーの足元、増上寺

 約800年の歴史がある浄土宗。さすがにお寺もたくさんありますね。では信徒数はどのくらいなんでしょうか?

 

浄土宗の信徒数

浄土宗の信徒数は約602万人です。※ 『日本の仏教 13宗派のすべて』p37 英和出版社 2019年10月発行調べ

仏教の宗派の中では浄土真宗のつぎ、二番目に信徒数が多いです。浄土宗より古く、平安時代にはじまった真言宗(約390万人)、天台宗(約153万人)より、信徒数が多いですね。念仏を唱えるのみというシンプルな法然の教えがよかったんですね。

浄土宗の数珠(念珠)

浄土宗の数珠(念珠)は、2つの輪を1つに繋いだような形状が特徴です。浄土宗のお数珠には大きく分けて「日課数珠」「百八数珠」「荘厳数珠」の3種類があります。

日課珠数を使用されるのが一般的です。日課珠数とは「私は1日に○○回、念仏を唱えます」と誓いを立て、念仏を唱える回数を数えるために利用します。

男性用おすすめ

女性用おすすめ

まとめ

 浄土宗について、ずっと見てきました。まとめると次のようになります。

  1. 浄土宗は平安末期~鎌倉時代はじめに活躍した法然によって開かれた。

  2. 浄土宗の教えは「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば極楽浄土に行けるというシンプルなもの。

  3. 本尊は阿弥陀如来、総本山は知恩院

  4. 法然の弟子によっていくつかの分派ができた。鎮西派、山西派の大きく二つに分かれて、鎮西派が現在の浄土宗の主流。

  5. 法然の弟子、親鸞は新しい宗派・浄土真宗を開いた。浄土真宗は出家しなくてOK、肉食妻帯OKなどより庶民の生活に近い教え。善人だけでなく悪人も救うという考えがある。

  6. 浄土宗のお経は「浄土三部経」という三つのお経セット。

  7. 信徒数、寺院数は仏教の宗派の中では二番目に多く、浄土宗より古い歴史がある真言宗、天台宗より多い。

「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで極楽浄土に行けるという法然の教え。とってもシンプルで覚えやすいですよね。浄土宗や法然は知らなくても、「なむあみだぶつ」というフレーズは知っている人も多いのでは。いつでもどこでもできる、念仏修行。日々の習慣にするといいことありそうです。