【栃木】太山寺の秘仏「千手観音」を訪ねて|年2回の御開帳で出会う鎌倉の剛像

栃木県栃木市、太平山の東山麓。夏の厳しい日差しが降り注ぐ中、私は実家への帰省を兼ねてこの地を訪れた。境内には蝉の声が激しく響き渡り、遠い記憶を呼び覚ますような懐かしさに包まれている。今回のお目当ては、年に二度しかその姿を現さない秘仏、太山寺の「木造千手観音立像」である。午前中のみという限られた御開帳の時間に合わせ、家族と共に石段を歩み進めた。
太山寺・木造千手観音立像:無骨な顎に宿る、男性的で力強い慈悲の相
観音堂に足を踏み入れると、そこには法要を終えたばかりの静かな空気が流れていた。掃除機をかけ、丁寧に堂内を清掃する檀家の方の姿がある。普段は外陣からの拝観であるが今回、特別な許可をいただき、本尊の至近で対峙することが叶った。

ファインダー越しに見つめるその姿は、いわゆる女性的な観音像のイメージを覆すものだった。鎌倉時代という武士の世の空気を反映してか、非常に男性的で力強い。特に目を引くのは、その逞しい顎のラインだ。一木で大胆にくり抜かれた体躯は量感に溢れ、偉大なる存在としての威圧感さえ放っている。一方で、後頭部まで緻密に刻まれた髪の毛の筋は驚くほど繊細で、荒々しさと静寂が同居する不思議な調和を感じさせた。

仏像リンク編集部MEMO 📝

太山寺の千手観音立像は、栃木県指定有形文化財にも選ばれている名仏です。平安時代の創建伝承を持ちつつも、現在の像は鎌倉時代の特色を色濃く残しています。その特徴は何といっても、見る者を射すくめるような鋭い眼差しと、力強い顔立ち。男性的な力強さの中に、どこか安心感を与えてくれる不思議な魅力があります。それでは、詳細なデータを見ていきましょう。
名称: 木造 千手観音立像(栃木県指定有形文化財)
時代: 鎌倉時代
像高: 243cm
材質: 素地をあらわす、体躯は一木造、木像は寄木/割矧ぎ造
特徴: 内刳(うちぐり)、彫眼。堂々と迫っている気迫と量感が感じられる。ほぼ直立し、顔は男性的で、特にあごが力強くインパクトがある。衣のひだは深く刻まず、胴のくびれもつくらない素朴な造形で、いかにも霊仏という感じがする。額の上の髪が豊かにカーブし、きれいに筋が通り、男性的な中に繊細さが籠められている。目、口に彩色が残っている。小さな10の顔(頭上面)が彫られている。正面の顔は「施無畏(せむい)」の相で、「あなたの不安や悩みを取り除きます」という意味。寛文6年(1666年)に修復されている。

お寺の歴史と伝承


太山寺の歴史は平安時代にまで遡ります。慈覚大師円仁によって開山された当初、太平山を御神体とする信仰の中で「月天子(がってんし)」を祀る別当寺として重要な役割を担っていました。戦国時代の戦火により一度は灰燼に帰しましたが、江戸時代に大きな転機を迎えます。徳川3代将軍家光公の側室であり、4代将軍家綱公の生母である「お楽の方」の手によって見事に再興されたのです。境内にある立派な「岩しだれ桜」は、彼女が亡き夫である家光公を偲んで植えたものと伝えられ、今も春になると薄紅色の花を咲かせ、訪れる人の目を楽しませてくれます。
主な歴史年表
平安時代前期(833年頃):慈覚大師円仁により、太平山大権現の別当「月輪坊」として創建される。
天正12年(1584年):皆川氏と北条氏の戦火により、伽藍・古記録が全焼。
江戸時代前期:徳川3代将軍家光の側室・お楽の方(寳樹院)により再興される。
寛文6年(1666年):千手観世音菩薩が修復される。
延宝3年(1675年):奈良県桜井の総本山長谷寺の直末となり、真言宗豊山派となる。
江戸時代前期:観音堂が再建される。
明和5年(1768年):不動明王の厨子が建立される。
寛政4年(1792年):文殊菩薩が造立される。
寛政5年(1793年):大日如来が造立される(仏師:髙柳幸八郎)。
寛政6年(1794年):釈迦如来が造立される(仏師:髙柳徳寳)。大威徳明王の厨子が奉修される。
明治時代:廃仏毀釈により、太平山大権現にあった諸仏(不動明王、文殊菩薩、大日如来、釈迦如来、大威徳明王など)が太山寺に移される。
昭和37年(1962年)1月9日:木造千手観音立像が栃木県指定有形文化財に指定される。
灼熱の太陽の下、蝉の声を聞きながら過ごした太山寺でのひとときは、どこか現実離れした旅の記憶となった。男性的で逞しい千手観音の姿は、夏の強い光に負けない確かな存在感を放っていた。お楽の方が植えたという桜の木が、また春に美しい花を咲かせる頃、今度は違った風情の中で再会したいと思う。
太山寺の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 月輪坊 寳樹院 太山寺(げつりんぼう ほうじゅいん たいさんじ) |
宗派 | 真言宗豊山派 |
住所・アクセス | 〒328-0054 栃木県栃木市平井町714 栃木駅から関東バス「國學院行き」終点下車徒歩1分。または徒歩40分。 |
電話 | 0282-22-1514 |
拝観時間・拝観方法 | 本尊千手観音は秘仏。毎年4月9日・8月9日の午前中に御開帳。 |
拝観料金 | 志納 |
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地域タグ:栃木県の仏像

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