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長野県上田市中禅寺の仏像-木造薬師如来坐像を訪ねて

長野中善寺薬師如来
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今回長野県上田市、その中心に位置する中禅寺を訪問しました。

前夜にホテルで味わった、絶品の蕎麦の味がめちゃくちゃ美味く、長野の魅力にすっかり魅了されながら訪問した中禅寺。この寺院の中心にある薬師堂は、藤原時代の阿弥陀堂形式で建てられ、茅葺屋根の日本古来の荘厳さを持っています。鎌倉時代の息吹を今に伝えるその佇まいは、歴史の時の層を感じさせます。そして、その中心に鎮座する薬師如来坐像の姿は慈悲深い表情と凛とした姿勢は、訪れる人々に静寂と平安を与え、心を洗うような感覚をもたらします。

中禅寺の仏像たちは、静かなる信仰の象徴でありながら、地域の人々の日常生活に根ざし、地域の人々に絶えず安らぎを提供し続けていることがわかりました。

この記事では、中禅寺とその仏像たちが持つ歴史的価値と魅力をご紹介していきます。中禅寺の神秘と美しさを、ぜひ一緒に感じてみてください!

中禅寺の場所・アクセス方法

長野県上田市にある中禅寺へのアクセス方法についてご紹介いたします

電車・バスで

公共交通機関を利用する場合、JR上田駅からタクシーで約30分の距離です。また、上田電鉄別所線の塩田町駅からはシャトルバスが運行しており、「中禅寺」バス停留所で下車します。このバスは、上田交通別所線の塩田駅と別所温泉を結んでおり、4月から11月の期間中に運行されています。このシャトルバスを利用すると、「中禅寺」で下車することが可能です。

さらに、上田と別所温泉を結ぶ上電バスを利用する方法もあります。このバスで「王子」で下車し、そこから徒歩約20分で中禅寺に到着することができます。

車で

自家用自動車で訪れる場合、上信越自動車道の上田菅平インターチェンジから約15キロメートル、車で30分ほどの距離にあります。駐車場は、普通車30台分と大型バス4台分のスペースがあります。駐車場もたっぷり広いので安心して駐車することができます。

これらのアクセス方法を利用することで、中禅寺への訪問が可能です。訪問の際は、事前に交通機関の運行状況を確認しましょう。

中禅寺の拝観方法・拝観環境・料金

境内を入っていくと茅葺屋根の薬師堂が現れます。藤原時代の「阿弥陀堂形式」で作られていて、鎌倉時代初期に建てられたとされているんです。中に入ると、中央に四天柱があって、そのまん中に薬師如来が安置されているんです。このスタイル、世界遺産の岩手県中尊寺金色堂と同じなんですって。そして中部地方で最も古いお堂とも言われているんですよ。

拝観者はこのお堂の戸外から薬師如来を眺めます。

仏像リンク
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強風のときなどは扉を閉めることもあるそうなので、事前にお寺に問い合わせをするか、到着したら庫裏を訪問してみてください。

境内には、弘法大師の修行像や水子地蔵尊など、色々な仏像や石造五輪塔(上田市指定文化財)があるんです。それから、枯山水の庭園もあって美しい境内です。

春にはほうき桜や桃、梅が咲き乱れ、新緑が心地よい風を運んできます。秋になると、参道のドウダンツツジや彼岸花が真っ赤に染まって、山も紅葉色に変わるんです。冬には雪化粧をした姿も、また別の魅力があります。四季折々の変化の中で、平安時代からの仏像を感じられるんです。

中禅寺の歴史・由来

中禅寺の歴史は平安時代からあるんですって。824年から834年の天長年間に空海さんが雨乞いのために草庵を結んだという一説があるんです。空海(弘法大師)本人が創建したと言われていて、なんだかロマンチックですね。

その後、源頼朝や塩田北条氏などの支援を受けて栄えたけれど、1429年から1441年、1665年、1720年と火災に見舞われてしまったそう。でも、1734年に祐精法印さんがお寺を立て直して、今の本堂ができたそうです。

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また中禅寺のあたり、塩田庄が平安末期に最勝光院の荘園とされたこと。この地は、最勝光院という寺院の領地で、東寺(真言宗の総本山)の影響下にあったんです。後白河法皇の后である建春門院(平清盛の妻の妹)が創立した最勝光院には、多くの荘園が寄進された中で、塩田庄は信濃国から選ばれた唯一の土地でした。中央からの影響による仏教文化が色濃く感じられます。

平安時代

  • 創建時期: 中禅寺は、空海(弘法大師)によって創建されたと伝えられていますが、具体的な年代は不明です。

仏像リンク
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上田市は古代より信濃国の国府が置かれるなど重要な地域でした 

鎌倉時代

  • 伽藍の整備: 平安末期から鎌倉初期にかけて、中禅寺には多くの仏像が伝来し、伽藍が整えられたと考えられています。

  • 中禅寺周辺の地域は塩田庄と呼ばれ、平安末期に最勝光院の荘園となりました。このことは、当時の貴族の日記からも確認されています。

鎌倉末期から室町時代

  • 繁栄と災難: 中禅寺は源頼朝や塩田北条氏の庇護を受けて栄えましたが、1429年から1441年の永享年間に大火災に見舞われました。

江戸時代

  • さらに1665年と1720年にも火災による被害を受け、1734年には祐精法印によって中興され、現在の本堂が建立されました。

中禅寺の仏像

ここからは中禅寺にある仏像についてご紹介していきましょう。中禅寺の仏像は主に薬師堂と仁王門に安置されています。

中禅寺薬師堂/薬師如来坐像(国重要文化財)

中禅寺に安置されている薬師如来坐像は、その穏やかでありながらも凛とした姿に、見る者を魅了する仏像です。

この薬師如来坐像、薬師堂のまんなかにあって、四本の柱に囲まれた台座の上に坐っているんです。その姿、見ているだけでなんだか心が洗われるような、慈悲と畏怖の心が湧いてくるようです。

白鳳年間に塩野神社の本地仏として造立されたという薬師如来は、桂材で作られた寄木造り。薬師如来像は平安末期から鎌倉初期にかけての定朝様式っていう特徴的なスタイルを持っていて、細かくて丁寧に作られた螺髪や、豊かな胸部、すらりとした膝の形が、とても美しいんです。

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顔立ちは、一見するととても柔和で優しいんですけど、じっくり見ると、なかなか力強い感じもしてきます。光の当たり方でいろんな表情を見せるのが、また魅力的です。衣の襞(ひだ)の表現や顔つきの精悍さから、鎌倉時代初期の作品であると考えられています。

台座には弓を射る武士の絵も描かれているんです。この仏像が歴史の中でどんな役割を果たしてきたかを物語っています。ちょっとした部分は後から修復されたんですが、大部分はそのまま残っているんですよ。ただ残念ながら台座の蓮弁は残っていません。

左手には薬壺を持ち、私たち人々を病から救ってくださるというメッセージが込められています。

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中禅寺薬師堂/木造神将像(国重要文化財)

薬師如来坐像の隣に薬師如来像と比べると小さく感じる像が一体祀られます。高さは約70センチと小柄ながら、その存在感は絶大です。ヒノキの寄木造りで、腕や足が欠損しています。

神将とは、薬師如来を守る役割を持つ、十二の武神のこと。この像、その怒りの表情や逆立った髪の毛が、まるで風になびく炎のよう。瞋目(しんもく)という、目をむいて相手を睨む表情をしています。これらを「忿怒相」と言って、十二神将の役割である警備ガードマンとしての強い意志を表しているんです。

この神将像、中国風の鎧を着ていて、武具も持っていて中国からの影響を物語っています。作風から見ても、十二神将の一体であるとされているんですが、どの神将かははっきりしていません。

住職から面白い話を伺いました。昔の中禅寺の薬師堂、実は地域の子供たちにとって遊び場として親しまれていたんです。そして薬師堂に祀られていた仏像も子供たちの遊び道具として使われたんですって。だから、腕や足が欠損しているというのは、長い時間を経て、多くの人々に親しまれてきた証なんです。

このエピソードは、仏像がただ静かに信仰されてきただけでなく、地域の人々の生活の一部として存在してきたことを物語っています。神将像が子供たちの遊びの一部になっていたというのは、仏教が日常生活に深く根ざしていた証拠でもあります。多くの子供たちに遊ばれ、昔の人々の生活の一部となっていた、貴重な歴史的遺産であることを感じながら拝観してみましょう。

中禅寺仁王門

中禅寺の薬師堂前にはとてもシンプルな仁王門が立ち、仁王像が祀られているんです。この仁王門の中には、高さ約2メートルの金剛力士立像があるんですよ。この仁王像、阿形と吽形の2体で、怒りの表情をしていますが、実は都風の典雅な感じがして、とても可愛らしいんです。

実はこの仁王像は、平安時代後期に作られたとされていて、京都の醍醐寺像や峯定寺像と共通する特徴があるんです。かつてこの塩田平は都と密に繋がっていたとお伝えしましたが、京都より峯定寺像系の仏師を招いて造られたのではないかと考えられています。この仁王像は、長野県で最も古い可能性があるんですよ。

この仁王門と仁王像、中禅寺を訪れたらぜひ見てみてください。その歴史的価値と、美的感覚を感じ取ることができる素敵な場所なんですよ。

仏像リンク
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仁王門のチャイム!押すとお寺の説明が始まります

まとめ

中禅寺を訪れると、藤原時代の「阿弥陀堂形式」で建てられた薬師堂が出迎えてくれます。この薬師堂は鎌倉時代初期のもので、中禅寺の中でも特に古い建物です。薬師如来が中央に安置されており、拝観者はこの美しい仏像を戸外から眺めることができます。拝観時には強風などで扉が閉まることもあるので、事前の確認が大切です。

境内には弘法大師の修行像や水子地蔵尊、石造五輪塔などがあり、枯山水の庭園も見どころの一つです。春には桜や桃、梅が咲き、秋にはドウダンツツジや彼岸花が美しく、冬には雪化粧をした風景が楽しめます。

中禅寺の歴史と由来

中禅寺は824年から834年の天長年間に空海によって創建されたとされ、その後も源頼朝や塩田北条氏の支援を受けて栄えました。しかし、1429年から1441年、1665年、1720年と数度の火災に見舞われ、1734年に祐精法印によって再建された現在の本堂が建立されました。また、中禅寺周辺の塩田庄は平安末期に最勝光院の荘園とされ、その後の仏教文化に大きな影響を与えました。

中禅寺の仏像について

中禅寺には、薬師堂と仁王門に多くの仏像が安置されています。

  • 薬師如来坐像:
    国の重要文化財で、薬師堂の中央に安置。白鳳年間に塩野神社の本地仏として造立され、定朝様式の特徴を持ちます。左手には薬壺を持ち、慈悲と力強さを兼ね備えた表情が特徴です。

  • 木造神将像:
    薬師如来坐像の隣に安置されており、中国風の鎧を着た姿が印象的です。この像は、地域の子供たちに親しまれ、長い時間を経て多くの人々に愛されてきました。

  • 仁王門の金剛力士立像:
    平安時代後期の作品とされ、長野県で最も古い仁王像の可能性があります。阿形と吽形の2体で構成されており、都風の典雅な雰囲気を持っています。

中禅寺を訪れると、仏像がただ静かに信仰されてきただけでなく、地域の人々の生活の一部として存在してきたことを感じることができます。仏像一つ一つが、長い歴史を通じて人々に影響を与え、今に至るまで大切にされているんですね。

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ぜひ一度訪れてみてください!

中善寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

竜王山延命院 中禅寺

宗派

真言宗智山派

住所

長野県上田市前山1721

電話

0268-38-4538

拝観時間

9時~16時

※事前の電話確認推奨※

拝観料金

200円、高校生以下50円

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