紙語り【滋賀県守山市慈眼寺/薬師如来坐像・日光月光菩薩立像】


近隣に駐車場がないということで近くの公民館の前で降りて、そこから慈眼寺へと向かった。

 

来る途中にあった大きな道路は大型ショッピングモールや家電量販店が立ち並んでいて、大阪や京都など大都市に通勤が可能な郊外のベッドタウンというような街並みが広がっていた。しかし国道をわたって一筋、古くからある中山道に入るとそこは雰囲気が一変し、昔の家屋がひしめき合う、かつての宿場町という雰囲気が残る住宅街が広がっていた。

 

その宿場町の民家と民家の間にある細い道の突き当たりに、今回の目的であった慈眼寺があった。もともとは古いお堂だったそうだが2006年に改修工事が行われ、現在はきれいなお堂が立っている。

 

本堂に到着すると地域の人々が我々を笑顔で迎えてくださった。本堂の中央には、大きな厨子と金色に輝く、御前立の観音像が立っている。そして左側に目的であった、堂々とした薬師三尊が存在感を放っていた。

 

本尊は「帆柱観音(ほばしらかんのん)」といい、かつて天台宗の開祖・最澄が唐にわたって多くの修行や宗法を学び日本へ戻ってくる途中に、乗っていた船が雨風にさらされ船が転覆しようとした際に、最澄が十一面観音に祈りを捧げたところ、観音が海の中から現れ最澄を救出し、無事日本に戻ってくることができた。そして最澄はこの「帆柱観音」を自ら刻んで無事旅から戻ってきたことへの感謝を、この慈眼寺に捧げたといういわれがあるそうだ。

 

この話については、地元の有志のご夫妻が紙芝居を作って地元の人々に伝えているそうだが、今回、我々にもその紙芝居を披露してくださった。

※披露してくれた様子は動画に収めてありますので、もしよろしければご確認ください。この地域の方々の帆柱観音への愛が伝わってくる紙芝居です。

帆柱観音は秘仏のため拝むことができなかったが2006年に新しくなった本堂の左側に祀られる薬師如来三尊を拝ませていただいた。

 

薬師如来は像高145cmほどあり、平安末期とも鎌倉初期とも言われているが非常にどっしりしたボリュームのある姿。丸顔で唇は厚く、引き締まった表情と頼りがいのある体つきで人々からとても信仰されたのだろう。

 

薬師如来の両脇侍である日光月光菩薩も立像で3m近い像高があり、薬師如来とともに大きな大木のような存在感を放っている。この三尊ともに守山市の指定文化財になっている。

 

※平成20年に修理がおこなわれ造像当時の姿にもどった。出典:守山市

 

会の進行具合であまりゆっくりできなかったのが残念ではあるけれども、ぜひ次回はゆっくりと時間を設けて地元の方々と帆柱観音に対してのエピソードや思いいれなども、お伺いし帆柱観音が導いたご縁を大切にしたい。厨子の向こう側にある十一面観音の姿に思いを馳せ、この地を去った。