1月上旬の夕刻。北関東の乾いた風が吹き抜ける前橋市二之宮町、二宮赤城神社の東側にその寺はひっそりと佇んでいた。午後5時を過ぎ、空は群青色から漆黒へと溶け込もうとしている。参道の右手には、こんもりと盛り上がった「筑波塚」とも言うような山がある。本来は筑波山を模した築山なのだが、その頂に筑波権現を祀る姿は、どこか愛らしくもあり、この地に根ざした信仰の深さを物語っているようだった。

十一面観音菩薩:静寂の奥に息づく「ダンサー」のような躍動

撮影:ゆう1さん

案内された本堂の左手、小さな小部屋には、驚くほど高密度に仏たちが祀られていた。限られた空間のなかで、彼らは確かにそこにいた。中央に立つ十一面観音は、小ぶりながらも圧倒的な存在感を放っている。その衣文(えもん)はきめ細やかで、まるで現代の洋服を纏っているかのような軽やかさだ。静かに立ち尽くすその姿は、どこか躍動的な「ダンサー」を思わせる。廃仏毀釈の嵐を潜り抜けてきた熾烈な記憶のはずだが、今のこの像には、それさえも一つの「美」として昇華しているような気品があった。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
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江戸時代の技巧が光る截金(きりかね)文様にも注目ですよ!

この十一面観音立像は、前橋市の重要文化財に指定されています。一木造りの素朴な構造ながら、表面に施された截金文様は極めて精巧。これは江戸時代の修復によるものとされていますが、平安後期の穏やかな丸顔に見事に調和しています。筑波山から焼却寸前に救い出されたという伝承があり、まさに奇跡の尊像といえるでしょう。

仏像カルテ<十一面観音菩薩立像>

名称: 無量寿寺 十一面観音立像(前橋市指定重要文化財)

時代: 平安時代後期

像高: 71.5cm

材質: 木造(堅質な桂材と推定)、一木造り

特徴: 顔の長さと幅がほぼ等しい豊かな丸顔。右手を下げ、左手に蓮華を挿した水瓶を持つ。精巧な截金文様は江戸時代の後補。廃仏毀釈時の痕跡とされる黒く焦げた跡がある。

千手観音像:削られた顔に刻まれた「廃仏毀釈」の歴史

十一面観音の傍らに立つ千手観音は、一目見て息を呑む。その顔は無残にも削り取られ、平坦になっている。それは、明治の世に吹き荒れた「廃仏毀釈」という名の破壊の爪痕そのものだ。2年もの間、筑波山の山中に放置されていたというこの像の姿は、あまりにも痛々しい。しかし、不思議なことにその姿からは、悲壮感よりもどこか温かな「霊験」のようなものが伝わってくる。特に、掌に乗った小さな骸骨の造形は驚くほど愛らしく、生と死を等しく見守る仏の慈悲を感じずにはいられなかった。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
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筑波山の男体山、イザナギの本地仏として信仰されていた大切な観音様なんです。

かつて筑波山の知足院に祀られていた「六体の観音像」のうちの一体だそうです。顔が削られているのは当時の廃仏毀釈の厳しさを物語る歴史的資料でもあります。当時の住職が放置されていたところを救い出し、この無量寿寺へと迎え入れられました。無骨ながらもどこか惹きつけられる力強い雰囲気があります。

仏像カルテ<千手観音像>

名称: 千手観音立像(未指定)

時代: 不明

像高: 不明

材質: 不明

特徴: 筑波山知足院の六観音(男体山本地仏)の一体。顔が削り取られているが、掌に骸骨を乗せる独特の意匠を持つ。霊験あらたかな雰囲気を放つ。

聖観音像:一木に宿る、荒削りな祈りの形

千手観音と並び立つ聖観音像もまた、一木造りと思われる重厚な趣を湛えている。洗練された都会的な仏像とは対極にあるような、どこか無骨で、土着的な力強さ。表面の質感からは、彫り手の迷いのないノミ跡が伝わってくるようだ。千手観音と同じく筑波山から救い出されたこの像も、長年の風雪に耐えてきた風格がある。華美な装飾はないが、ただそこに居るだけで安心感を与えてくれる。そんな「守護の力」を信じさせる、朴訥とした美しさがそこにはあった。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
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女体山の神様、イザナミの本地仏として筑波山で大切にされていた仏様です。

この聖観音像も、筑波山の六観音の一体として伝来しました。千手観音と同様、廃仏毀釈後に救い出された経緯を持ちます。一木造り特有の重量感と、無骨ながらもバランスの取れたプロポーションが、当時の信仰のありのままを今に伝えています。ぜひその質感にも注目してみてください。

仏像カルテ<聖観音像>

名称: 聖観音立像(未指定)

時代: 不明

像高: 不明

材質: 木造(一木造り)

特徴: 筑波山知足院の六観音(女体山本地仏)の一体。千手観音と同様に廃仏毀釈を越えて救い出された。無骨な雰囲気を放つ。

地蔵菩薩立像:180cmを超える巨躯と「翻波式」の力強さ

撮影:ゆう1さん

本堂のなかで、その巨大さゆえにひときわ目を引くのが地蔵菩薩立像である。身の丈は180cmを超え、非常に逞しい威容だ。その体躯を覆う衣文(えもん)には、平安期の伝統を引き継ぐ「翻波式(ほんぱしき)衣文」の名残が見て取れる。波打つような力強い線の重なりは、この像に底知れぬ重厚感を与えている。現在の仏頭は後世のものと思われるが、その無骨な体躯との対比がかえって、この像が歩んできた長い修復と信仰の歴史を物語っているように思えてならない。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
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180cm超えの等身大以上! 鎌倉時代の作風を残すダイナミックな姿は必見です。

前橋市の重要文化財に指定されているこのお地蔵様は、江戸の護持院から移された「客仏」と伝えられています。胸部の造形には鎌倉時代の特徴が色濃く残っており、寄木造りの大きな構造は当時の高い技術を物語っています。胎内銘はありませんが、その堂々たる姿だけで、かつて大寺院の重要なお堂を守っていたであろう歴史を感じさせます。

仏像カルテ<地蔵菩薩立像>

名称: 地蔵菩薩立像(前橋市指定重要文化財)

時代: 胸部に鎌倉時代の作風(仏頭は後補)

像高: 184.5cm

材質: 木造、寄木造り

特徴: 等身大を超える堂々とした姿。衣文に「翻波式衣文」の名残を留める。右手に錫杖、左手に宝珠を持つ。江戸・護持院から移されたと伝わる。

お寺の歴史と伝承

仏像リンク編集部
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浄土宗から真言宗へ。珍しい宗派替えの背景には、徳川将軍家との深い縁がありました。

無量寿寺は明応年間(1492~1501)、隆舜上人によって浄土宗の寺院として開基されました。大きな転機となったのは江戸時代、徳川綱吉公の時代です。時の寵児であった隆光僧正がこの地へ転住した際、江戸・護持院の末寺となり、真言宗へと改宗されました。浄土宗から真言宗への改宗は歴史的にも珍しく、幕府や藩主・酒井家との密接な関係が伺えます。境内の「筑波山」は、筑波山を深く信仰した藩主の母のために築かれたものであり、その頂からはかつて本物の筑波山を望むことができたといいます。

主な歴史年表

・明応年間(1492~1501):隆舜上人により開基。当時は浄土宗。

・天和年間(1681~1684):隆光僧正が転住。山号を筑波山に改め、真言宗へ改宗。境内に「筑波山(築山)」を造営。

・江戸時代中期:護持院が護国寺に合併したため、無量寿寺も護国寺の末寺となる。 ・文化3年(1806):火災により堂宇を焼失。

・天保12年(1841):現在の堂宇が再建される。

・明治維新期:廃仏毀釈の混乱の中、筑波山(茨城)より十一面観音、千手観音などが救出され伝来する。

・明治42年(1909):荒口の観世音寺を合併。

コミュニティの皆とお寺を出る頃には、あたりはすっかり夜の帳に包まれていた。ボロボロになった千手観音の顔、そして十一面観音の焦げた跡。それらは痛々しくもあるが、同時にどれほど多くの人がこの仏を守りたいと願ったかという、情熱の記憶でもある。真っ暗な境内のなか、筑波塚のシルエットが静かに揺れていた。現職、先代、そして新しい僧侶となったお孫さん。三代にわたる温かなおもてなしを思い出しながら、この「守られた証」はこれからも語り継がれていくのだと、確信した。

無量寿寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

筑波山 来迎院 無量壽寺(つくばさん らいごういん むりょうじゅじ)

宗派

真言宗豊山派

住所・アクセス

〒379-2104 群馬県前橋市二之宮町甲764

上武道路(国道17号)「江龍跨道橋」交差点より西。境内前に駐車場あり。

電話

027-268-2912

拝観時間・拝観方法

事前予約・問い合わせ推奨。

拝観料金

志納

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