1月11日。群馬の冬、赤城おろしが猛威を振るう季節に、私はコミュニティのメンバーとともに前橋の地を踏んだ。

念願だった日輪寺の十一面観世音大祭。その日は、人生でも記憶にないほどの強風が吹き荒れていた。近くの道の駅で昼食を済ませて外へ出ると、視界はサハラ砂漠の砂嵐さながらに遮られ、まっすぐ歩くことすらままならない。

しかし、その過酷な風の先には、年にたった一日だけ扉を開く、神秘的な木像が待っている。

木造十一面観世音菩薩立像:光の角度で微笑み、厳しく。変化する鉈彫像

引用元:丸山尚一・地方仏を歩く

収蔵庫の扉が開き、暗がりにろうそくの灯が揺れる。その微かな光の中に、彼女は立っていた。

第一印象は、驚くほど「女性的」であるということだ。わずかにお首を左に傾げたその佇まいは、観世音菩薩というよりも吉祥天のような、慈愛に満ちた柔らかさを醸し出している。

「あら、いらっしゃい」と、長旅の疲れを労うかのような微笑みを投げかけられている錯覚に陥る。

だが、この像の真骨頂はここからだ。住職が懐中電灯を手に、光を当てる位置を変えていく。

頭上から光が注げば、瞳を閉じた穏やかな定朝様の美しさが際立つ。しかし、光を足元から逆光のように当てると、表情は一変する。

両眼を見開き、強く厳しい怒りを宿した密教仏としての貌(かお)が浮かび上がるのだ。

全身に刻まれたランダムなノミ跡。いわゆる「鉈彫(なたぼり)」だ。

不規則で荒々しいはずのその刻み跡が、光と影の演出によって、静と動の両極をこの一体に封じ込めている。平安の仏師が桂の一木に込めた精神性が、千年の時を超えて私の胸に迫ってくる。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
鉈彫りの歴史があるんです!

日輪寺の十一面観世音菩薩立像は、「鉈彫り」の変遷を知る上でも非常に興味深い存在です。一般的に技術は時代とともに洗練されていくものと思いがちですが、鉈彫りの世界では、古いものほど整然とした横すじが刻まれ、時代が下るにつれて(この像のように)ランダムで奔放なノミ跡へと変化していくという逆転の面白さがあるそうです。

また、厳しい気候の中訪れた私たちを、地元の方々が「みかん一箱、全部持って行っていいよ!」と温かく迎えてくださったのも忘れられない思い出です。仏さまの慈悲が、そのまま地域の方々の優しさに現れているような、心温まる参拝となりました。

仏像カルテ<十一面観音>

名称: 木造十一面観世音菩薩立像(群馬県指定重要文化財 第一号)

時代: 平安時代後期(11世紀末ごろ)

像高: 総高154.0cm / 像高128.5cm(資料により120cm余、128cmの記述あり)

材質: 桂(カツラ)材

特徴: 素木の一木造(手先を除き、頭上面や上腕まで共木から刻出)。「鉈彫(なたぼり)」の第二期に分類される非常にランダムなノミ跡が特徴。胸や腹の深い彫りには弘仁仏の影響が見られる。かつては光背や天蓋が存在した。

お寺の歴史と伝承

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
空海さんが一夜で十一面観世音を彫り上げた伝説があるんです。

日輪寺の始まりは、奈良時代の神亀3年(726年)に遡ると伝えられています。

当時、寺の東にあった「朝日窪」という池の底から、毎朝、朝日とともに金色の光が差し込んできました。不思議に思った国司・多治比真人が池に網を打たせたところ、身の丈わずか一寸八分の黄金の観世音菩薩像が引き上げられたといいます。真人は驚き、この地に草堂を建立して黄金像を安置しました。

その後、平安時代の大同2年(807年)、諸国を行脚中だった弘法大師(空海)がこの地を訪れます。空海は「これほど尊い黄金仏を、むき出しのまま拝ませるのは恐れ多い」と考え、香木を用いて一夜のうちに十一面観世音菩薩像を彫り上げました。そして、その胎内にあの黄金仏を納めて開眼したという「胎内仏」の伝説が残っています。

また、観音堂に掲げられた「日輪寺寛永の絵馬」にも不思議な話があります。

そこに描かれた馬が、夜な夜な絵から抜け出しては近くの田畑を荒らし回ったため、困り果てた村人が絵馬に「手綱」を書き加えたところ、馬が逃げ出すことはなくなったと伝えられています。

主な歴史年表

神亀3年(726年): 3月、朝日窪の池より黄金の観世音菩薩像が発見され、国司多治比真人が草堂を建立。

大同2年(807年): 弘法大師(空海)が桂材で十一面観世音菩薩像を一夜で彫り、黄金仏を胎内に納める。

弘仁2年(811年): 州長東宮学士従四位下穎人が詔を受け、一大伽藍を造立。

弘仁5年(814年): 空海の弟子、実恵和尚が初代住職となる。嵯峨天皇より「祈祷院」の勅額を賜る。

永禄2年(1559年): 上杉謙信の厩橋城攻略に際し、兵火により焼失。

元亀元年(1570年): 寺院が再興される。

寛永17年(1640年): 「日輪寺寛永の絵馬」が奉納される。

明和7年(1770年): 本堂が上棟される。

文化元年(1804年): 現在の楼門(仁王門)が再建される。

昭和26年(1951年): 十一面観世音菩薩立像が群馬県指定重要文化財(第1号)に指定。

昭和38年(1963年): 耐火収納庫(宝物庫)が完成。

日輪寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

朝天山 祈禱院 日輪寺(ちょうてんざん きとういん にちりんじ)

宗派

真言宗豊山派

住所・アクセス

〒371-0044 群馬県前橋市日輪寺町412

【電車】JR前橋駅・新前橋駅より関越交通バス(渋川駅行き)にて「荒牧」下車、徒歩約5分。

【車】関越自動車道 駒寄SICまたは前橋ICより約15分(駐車場あり)。

電話

027-232-1601

拝観時間・拝観方法

毎年1月11日(十一面観世音大祭) 8:00〜16:00。1月11日の大祭日のみ公開。

収蔵庫にて順次拝観(おおむね10時・14時に住職による解説あり)。通常時の拝観は無し。

拝観料金

志納

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