山形・松尾山観音|茅葺きの堂に立つ平安の巨像「十一面観音・伝勢至菩薩」

東京から山形行きのバスに揺られ、蔵王の麓へと向かったのは「仏像リンク」のオフ会として2回目だった。目的地は山形市の南端、蔵王の玄関口に位置する蔵王半郷。清流の音が響き、木々の影が涼を運ぶこの地に、かつて「弥陀山」と呼ばれた祈りの場がある。
松尾山観音(金峰山 松尾院)。この場所を訪れるのは、今回で4度目になる。参道を進むたびに、かつてこの地を案内してくれた、今は亡き前管理人金峰さんの温かな山形弁が記憶の底から浮かび上がってくる。世代が代わり、その息子さんが管理を引き継いだ今も、山の空気と水の音、そして古びた茅葺きの観音堂が醸し出す素朴な気配は、何一つ変わっていなかった。
松尾山観音:茅葺きの聖域に息づく、巨木のごとき平安の記憶

74段の石段を上がり、静寂に包まれた境内を進む。現れたのは、室町時代に建てられたという力強い茅葺き屋根の観音堂だ。高く積み上げられたような屋根の骨組みは、まるで山そのものを背負っているかのような重量感がある。
お堂の扉が開かれた瞬間、薄暗い空間から、三メートルを超える二体の巨像が姿を現した。何度見ても、初めて目にした時と同じような衝撃が身体を突き抜ける。平安時代、この地で育ったカツラの大木をそのまま刻み出したかのような圧倒的な生命力。十一面観音、そして伝・勢至菩薩。それらは「彫像」というより、千年の時を経て意志を持ち始めた「木」そのもののように、そこに立っていた。

今回共に旅をした仏師・牧野隆夫さんも「山形県内の仏像の中でもここが最も好きだ」と語っていた理由が、その静かな佇まいから伝わってくる。下半身は朽ち、両手も失われている。しかし、その欠落こそが、かつて巨木であった事実と、この地で重ねられた祈りの厚みを物語っている。2014年の訪問時、あまりの神々しさに仏前で涙を流した若い女性がいたが、その気持ちも痛いほどにわかる。この仏たちは、ただ美しくあることなど望まず、ただただ、この山と人々を見守り続けてきたのだと感じる。

仏像リンク編集部MEMO 📝

松尾山観音のお堂に並び立つ2体の巨像は、平安時代中期(11世紀)に遡る貴重なものです。一木造りで、その重量感と力強い彫りは、当時の地方仏師がどれほどの敬意を持ってカツラの大木と向き合ったかを物語っています。失われた化仏や朽ちた足元さえも、一つの美学として昇華されている姿は必見です。管理されている金峯さん宅へ事前に拝観の相談をしてから、ぜひ足を運んでみてください。
名称: 木造十一面観音立像(山形県指定有形文化財)
時代: 平安中期(11世紀)
像高: 326cm
材質: カツラ材(一木造)
特徴: 頂上仏面のみを残し九つの化仏を欠くが、堂々たる体躯を持つ。両腕まで一木で彫り出されており、下半身は虫喰により朽ちているが、慈愛に満ちた母のようなオーラを放つ。
撮影:まるきょうさん名称: 木造菩薩形立像(伝勢至菩薩)(山形県指定有形文化財)
時代: 平安中期(11世紀)
像高: 304cm
材質: カツラ材(一木造)
特徴: 十一面観音と対で造られたと推定される巨像。両肩から先は別木で繋がれている。裳の裾や両足に朽損が見られるが、観音像と共に茅葺き堂の主として圧倒的な存在感を誇る。
撮影:まるきょうさん名称: 男神立像(不明)
時代: 平安後期
像高: 159cm
材質: カツラ材
特徴: 巨大な菩薩像の間に立つ等身大の神像。烏帽子を被り、肩から条帛のような布をかける。足元は破損し表情も摩耗しているが、厳しさよりも柔和な印象を与える。

お寺の歴史と伝承


松尾山観音の始まりは、奈良時代の和銅元年(708年)にまで遡ります。行基菩薩がこの地で野宿をした際、夢の中に阿弥陀・観音・勢至の三尊が現れ、桂の木に宿るお告げを受けました。翌日、行基は夢で見た通りの桂の大木を見つけ、その木から三尊を彫り出したのが開基の伝承とされています。
かつては「松尾山松応寺」と呼ばれ、斯波兼頼からも厚い信仰を受け、広大な境内を有していました。しかし、応永年間に起きた盗難事件が、この寺の運命を大きく変えます。賊によって盗み出された三尊像ですが、里まで下りたところで突如として激しい豪雨と洪水が巻き起こりました。仏罰を恐れた賊は、中心となる無量寿仏(阿弥陀如来)を捨てて逃げ、その像は洪水に流されて行方知れずになってしまったのです。残された観音と勢至の2体は里人によって大切に守られ、現在の観音堂へと安置されました。失われた一体を想いながら、今も二体の巨像が並び立つ姿には、こうした数奇な歴史が刻まれています。
主な歴史年表
和銅元年(708年):行基が当地で夢を見、桂の大木から三仏を彫刻して弥陀山を創建。
南北朝時代:斯波兼頼が山形城に移り、境内地として山地百二十間四方を寄進。
応永年間(1394-1428年頃):盗賊により仏像が盗み出されるも、洪水により無量寿仏は流失。観音・勢至は里人に救われる。
明治時代:神仏分離により、近隣の蔵王権現社が現在の刈田嶺神社となる。
昭和48年(1973年):木造十一面観音立像、木造菩薩形立像が県指定文化財に指定。
昭和61年(1986年):観音堂が国の重要文化財に指定される。
平成10年(1998年):建物の全解体修理と仏像の保存修理が完了。
かつて夢に見た桂の大木から生まれた仏たちは、今も樹齢千年を超えるカツラの巨木に見守られながら、この地に立ち続けている。下半身が朽ち果ててもなお失われないその尊厳は、時の流れという残酷な変化さえも、慈悲という深い静寂に変えてしまうかのようだった。ホテルへと向かうバスへ向かう道中、耳に残る川の音を聞きながら、私はまたこの場所へ戻ってくることを確信していた。
松尾山観音の拝観料金、時間、宗派、電話など
正式名称 | 金峰山 松尾院(きんぽうざん まつおいん) 通称:松尾山観音 |
宗派 | 天台宗 |
住所・アクセス | 〒990-2305 山形県山形市蔵王半郷2 JR山形駅より山形交通バス「蔵王温泉行き」乗車、「松尾山前」下車、徒歩3分。観音堂まではさらに約500m。 |
電話 | 023-688-3328 |
拝観時間・拝観方法 | 事前予約制。拝観希望の場合は事前に電話相談のこと。 |
拝観料金 | 500円 |
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地域タグ:山形県の仏像

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