京都市左京区、岩倉。比叡山の麓に広がるこの地は、かつて多くの天台寺院が点在した静かな里山だ。1月だというのに、今年の冬は驚くほど暖かい。路面には雪の気配もなく、乾いた冬の風が吹き抜けるなか、長源寺へと続く緩やかな坂を登っていく。

坂を登り切った先に現れたのは、近年再建されたばかりの真新しい本堂。迎えてくださった住職に案内され堂内へ足を踏み入れると、清々しい木の香りが鼻腔をくすぐった。非常に明るく整備された空間は、外の寒さを忘れさせるほどに温かく、そして清浄な空気に満ちている。

長源寺:ニット帽のような螺髪と、強靭な下半身の薬師如来

本堂中央に足を踏み入れると、そこには平安時代から鎌倉時代にかけての古像たちが、ところ狭しと並んでいた。新築の本堂の空間に、千年の時を経た仏たちが鎮座する光景は、どこか不思議な均衡を保っている。

今回の訪問で最も再会を心待ちにしていたのが、旧恵尊寺の本尊であった薬師如来だ。昭和8年に重要文化財に指定されたこの像は、長らく京都国立博物館に寄託されていたが、私が訪問するわずか数ヶ月前に、この新本堂へと戻ってきたばかりだという。なんという絶妙なタイミングだろうか。

実際に対面してみると、その個性に圧倒される。まず目を引くのが、ニット帽を深く被ったような、整然と並ぶ独特な螺髪(らほつ)だ。額の狭い引き締まった表情と相まって、どこか現代的な風貌すら感じさせる。しかし、視線を下へと移すと、その印象は一変する。翻波式(ほんぱしき)の力強い衣文に包まれた下半身は、衣服が弾けんばかりにパンパンに膨らみ、凄まじい筋力を内包しているかのようだ。もしこれが格闘家なら、ヘビー級の強烈なキックを放つに違いない――。そう思わせるほどの、圧倒的な量感と生命力に満ちていた。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
長年、国立博物館で大切に守られてきた名像が、お寺に戻られたばかりの最高のタイミングでの拝観となりました。

こちらの薬師如来像は、薬壺を持ち、右手を挙げて親指と中指を結ぶ独特のスタイルで、「天台薬師」と呼ばれる形式の典型的な作例です。比叡山延暦寺の根本中堂にある最澄自刻像の系譜を継ぐもので、10世紀後半の力強い造形美を今に伝えています。特に、衣のひだを鋭く刻む「翻波式」の刀法は、平安初期の厳しさを残しており、見応え十分です。

仏像カルテ<木造薬師如来立像>

名称: 木造薬師如来立像(重要文化財)

時代: 平安時代(10世紀)

像高: 等身(約160cm前後)

材質: 木造(一木造り)

特徴: 天台薬師形式、翻波式衣文、金箔押、昭和35年に解体修理済み。

四条大納言・藤原公任ゆかりの十一面観音と地蔵菩薩

本堂には、他にも見逃せない仏像が並ぶ。等身大の十一面観音菩薩立像は、旧常春庵の本尊であり、平安時代の歌人として知られる四条大納言・藤原公任の念持仏であったと伝わるものだ。

全体的に造形には硬さが見られるものの、高く通った鼻筋とキリッとした表情が印象的だ。頭部は平安時代、体部は南北朝時代以降の補修と考えられているが、公任がこの地で隠棲した歴史を物語るかのような、独特の風格が漂っている。

また、旧地蔵院の本尊であった地蔵菩薩坐像は、前の二像とは対照的に、非常に穏やかで慈愛に満ちた顔立ちをしていた。京都北部のこの地に、これほどまでの質と量を誇る仏像が守り伝えられてきた事実に、改めて岩倉という場所の歴史的深さを思い知らされる。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
藤原公任という歴史上の人物の体温が感じられるような、貴重な伝承を持つ仏像たちです。
仏像カルテ<木造十一面観世音菩薩立像>

名称: 木造十一面観世音菩薩立像(不明)

時代: 頭部は平安時代(10世紀末)、他は南北朝時代

像高: 等身

材質: 木造

特徴: 慈覚大師(円仁)作という伝承あり。藤原公任の念持仏とされる。

仏像カルテ<木造地蔵菩薩坐像>

名称: 木造地蔵菩薩坐像(不明)

時代: 江戸時代

像高: 不明

材質: 木造

特徴: 旧地蔵院の本尊。穏やかな表情が特徴。

お寺の歴史と伝承

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
明治の荒波を乗り越え、地域の信仰をひとつにまとめた長源寺の成り立ちをご紹介します。

長源寺は、室町時代の寛正4年(1463年)に創建された、岩倉地域でも極めて古い歴史を持つ浄土宗の寺院です。現在のような多くの仏像を所蔵する姿になったのは、明治時代の大きな変革がきっかけでした。明治5年、廃仏毀釈の煽りを受けた近隣の5つの寺院(恵尊寺、地蔵院、無縁堂、常春庵、妙源庵)を合併し、それぞれの本尊を受け継いだのです。そのため、一つの本堂に薬師如来、十一面観音、地蔵菩薩といった多様な尊格が並び立つ、非常に贅沢な空間となっています。

また、この地は藤原公任が晩年に隠棲した「朗詠谷」としても知られています。かつての常春庵には公任の墓や、直下の水田まで枝を伸ばした「流れの紅葉」と呼ばれる名木があったといいますが、明治時代の開墾によって現在は失われてしまいました。それでも、寺に残る仏像や、南庭にひっそりと佇む鎌倉・室町時代の石塔たちが、往時の長谷村の光景を今に伝えています。

主な歴史年表

1390年(明徳元年):常春庵が建立される。

1463年(寛正4年):長源寺が長谷上ノ町に創建される。

1672年(寛文12年):真悦和尚が再建、中興の祖となる。

1872年(明治5年):近隣5ヶ寺を合併し、地蔵院跡地へ移転。

1933年(昭和8年):薬師如来立像が当時の国宝(現・重文)に指定。

1963年(昭和38年):岩倉明徳小学校の旧講堂建材を利用し、現在地へ移転。

住職は私たちの訪問を心待ちにしてくださっていたようで、一つひとつの仏像について丁寧に、そして誇らしげに語ってくださった。その温かいおもてなしに、心まで解きほぐされるようなひとときだった。1月の澄んだ空気の中、奇跡的なタイミングで再会できた薬師如来。あのパッツンパッツンの力強い脚線美は、きっとこれから先、冬が来るたびに私の脳裏に鮮やかに蘇ることだろう。心地よい余韻を胸に、静かな岩倉の里を後にした。

長源寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

朗詠山 長源寺(ろうえいざん ちょうげんじ)

宗派

浄土宗(知恩院派)

住所・アクセス

〒606-0026 京都府京都市左京区岩倉長谷町575番地

京都市バス「長源寺前」下車すぐ

電話

075-791-8440

拝観時間・拝観方法

事前予約

拝観料金

志納

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