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【東京文化財ウィーク】府中・善明寺|鉄造阿弥陀如来坐像

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今回ご紹介する仏像は年に1度のチャンス、東京文化財ウィークで公開される府中・善明寺の阿弥陀如来です。普段は秘仏ですが1年に1日だけその貴重な扉を開放します!この特別な日にしかお目にかかれない、珍しい鉄でできた阿弥陀如来像があなたを待っています。

強く、ゴツゴツとした力強いとしたその姿は、一見の価値あり!

東京の文化財としての重みを感じながら、この鉄仏の特別な力強さに触れることができるのは、1年に1度だけ。ぜひカレンダーに予定を入れて訪ねてみましょう。

府中・善明寺の場所・アクセス方法

東京都府中市にある善明寺は、府中の中心地にあり、非常に貴重な仏像を祀る寺院です。さすが東京のお寺ということで善明寺へは公共交通機関を利用してとっても簡単にアクセスすることができます。

最寄り駅は、JR南武線や武蔵野線の「府中本町駅」で、駅からは徒歩わずか3分という近さです。また、京王線をご利用の場合は「府中駅」が便利で、そこからは徒歩10分の距離にあります。

【公開はいつ?】府中・善明寺の拝観方法・拝観環境・料金

東京文化財ウィークで11月3日に限り開帳

境内に入ってすぐ右側にある「金仏堂」という場所に仏像は安置されており、拝観方法は通常、非公開とされていますが、「東京文化財ウィーク」中の11月3日10時~15時に限り、特別に開扉されます。この日は多くの仏像ファンや文化財に興味を持つ人たちで賑わいますが、お堂の扉口からの拝観となるため、若干仏像との距離はあります。しかし像自体がとても大きな像のためさほど距離は関係なく感じます。

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料金に関しては、拝観料は特に設定されていないため、無料で仏像を拝観することが可能です。

府中・善明寺の歴史・由来

善明寺の歴史を各時代に分けて考察すると、その成り立ちから現代に至るまでの変遷が見えてきます。

創建~江戸時代以前

善明寺の創建年は不明ですが、江戸中期には既に存在しており、神仏習合の時代を象徴するように、六所明神(大国魂神社)の別当を務めていました。この事実から、善明寺が地域社会において一定の宗教的・経済的影響力を持っていたことが伺えます。

享保年間(1716-1736)

享保五年(1720年)には、府中の神学者依田伊織が善明寺での寺塔建立を計画。しかし、これが当時の国の法に抵触する禁止事項であったため、一度は挫折します。

延享年間(1744-1748)

延享元年(1744年)、伊織の願いは善明寺の住持證海によって支えられ、伊織屋敷の地に寺を移し改建することが許されました。この再建により、寺は天台宗の重要な教育・修行の道場となり、天台宗の安楽律院の体制を築き上げました。

明治時代

明治維新以後、善明寺は叡山安楽律院の一部として特殊な存在となります。明治初期には大国魂神社から善明寺に本像が移され、金仏堂に安置されるに至ります。この本像は、鉄で造られた珍しい鉄仏であり、当地域の古い歴史を伝える貴重な存在です。

府中・善明寺の仏像について

善明寺/鉄造阿弥陀如来坐像(国重要文化財)像高178cm

阿弥陀如来像は、見る人を圧倒する鉄造の大仏です。高さ178cm重量380kgのこの仏像は、鎌倉時代に制作され、国指定の重要文化財に指定されています。特に注目すべきは、この仏像がで作られていること。表面のざらざらとした手触りが鉄造の特徴を如実に示しています。また、仏像の髪際は高く、頬骨の高い顔立ちが鎌倉時代のスタイルを色濃く残しています。

阿弥陀如来像は、藤原助近によって建長五年(1253年)に作られたことがわかっています。彼岸の初日に造立されたとされるこの像は、左胸の衣部に刻まれたによって制作者の情報を伝えています。しかし、銘に記された人物についての詳細は不明のままです。

(衲衣左胸部 )

大勧進念阿弥陀仏、明蓮、大工藤原助近、右志者、為過去二親□行厳新発意、乃至法 界衆生平等利益、奉鋳一丈二尺仏身也、 建長五年二月十六日彼岸初日

 

( 衲衣左袖部)

藤原氏

藤原氏

藤原氏

 

鉄造阿弥陀如来坐像の左胸・左袖部 に鋳出された銘文。
念阿弥陀仏と明蓮が勧進をおこなったこと、藤原助近が鋳造したこと、彼岸初日に藤原姓の女性三人によって、亡父母と行厳、及び生きとし生けるものを供養するために造立されたことなどが記されている。

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仏像の着衣は三枚の衣を組み合わせた珍しいスタイルであり、これもまたこの仏像の特徴的な側面を表しています。

日本に現存する鉄仏は100件程度と少なく、その多くが鎌倉時代以後に作られたものです。

鉄の融点が高く、鋳造後の加工が非常に困難であるため、稀少な存在となっています。善明寺の阿弥陀如来像は、東京や千葉に残る大型の鉄仏の中で、最大規模のものとされており、その制作には当時の鋳物師たちの高い技術と意欲が必要でした。

いくつかの文献によると、かつては武蔵国分寺に祀られていたとされ、後に武蔵国分寺村の黒鉄谷で発掘されたと記録されています。

しかし、歴史の中で確かなことと言えるのは、天明年間(1781~1789年)までには大國魂神社に移され、そこで崇拝されていたという点です。そして、明治2年(1869年)の神仏分離令に伴い、大國魂神社から善明寺へと移され、現在も保管されているという経緯があります。

(鞘仏)善明寺/鉄造阿弥陀如来立像

上記でご紹介した阿弥陀如来坐像の右側に阿弥陀如来の立像が祀られています。この立像は高さ100センチで、国の重要文化財に指定されています。特筆すべきは、この阿弥陀如来立像がもともと大きな阿弥陀如来坐像の胎内に収められていた「胎内仏」とされることです。まるで阿弥陀如来坐像がお母さんならば、この立像はそのお腹に収められた赤ちゃんのようです!

一般に「胎内仏」と呼ばれるものは小さな像ですが、この立像はそのサイズから見て通常の胎内仏とは異なり、やや大きいと言われています。この点は、仏像の胎内に別の仏像が納められるという習慣を物語っており、非常に珍しい例と言えます。

さらにこの立像の髪型は清涼寺式釈迦如来の髪型を踏襲していて、鎌倉時代に流行した一縄を編んだようなスタイルです。しかし、一般的な螺旋状のカール(螺髪)をしていません。この時代の流行を反映している珍しい特徴です。この立像は両手の指が欠損してしまっているものの、細やかな衣の流れが美しく表現されており、立像が坐像を守るために造られたという説があるほどです。

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同じ堂内に安置されている阿弥陀如来坐像と比較しても、立像の方が衣文の線が細かく複雑で、全体的に優れた造形美を持っているとされます。これは鎌倉時代の鉄仏中でも屈指の作品であり、制作年代は坐像と大きな差はなく、建長時代近くの作と推定されています。

造像にまつわる悲しいストーリー

この鉄仏が大國魂神社に安置されていた時代から、地元民の間で広まった伝説があります。

それは畠山重忠が作らせたとされる話です。重忠は、平家追討のため西国へと下った際に、恋人であった遊女が自らの命を絶ってしまったという悲劇がありました。この悲話により、重忠が遊女の追悼のために鉄仏を造立したという伝説が生まれました。ただし、重忠自体は1205年に既に亡くなっているため、実際にこの像を作らせたとは考えにくいです。

このような伝説が残る背景には、武蔵の武士としての重忠の人物像に対する尊敬や憧れがあります。畠山重忠は多くの伝説を残した人物として知られており、その偉業や物語が地元の文化や信仰に色濃く反映されていることがうかがえます。

鉄仏とは

鉄仏は日本の中世、とくに鎌倉時代から室町時代にかけて作られたもので、その数は日本全国で約90点程度しか現存していません。これは他の金属で作られた仏像に比べて極めて少なく、非常に特殊な存在です。金銅仏が一般的な中、なぜ鉄仏が作られたのか、その背景にはいくつかの興味深い理由が存在しています。

茨城県・中染阿弥陀堂

鉄仏は東日本を中心に分布

まず地理的には、鉄仏は主に東日本に分布しており、関東と愛知県の名古屋市周辺が密集地であり、西日本では非常に稀です。この地域的な偏りは、地方の経済的な事情や文化的な背景が反映されている可能性があります。

茨城県・中染阿弥陀堂(外観)

鉄仏は武士に好まれた

また、鉄仏が作られた背景には、銅像を作る経済的な能力があるにも関わらず、敢えて鉄を選んだという点が指摘されています。これには、鉄に特別な価値を見出す文化的な要素や、武士にとっての鉄への親しみや信頼感が関わっているものと考えられます。特に初期の鉄仏を発願したのが豪族や武士であることから、鉄が持つ象徴性が重要視された可能性があります。

鉄仏は製作が非常に難しい

西日本では非常に珍しい鉄仏(北保町自治会集会所)

技術的な側面では、鉄仏は銅仏や木彫りの仏像と比べて技術的に劣る部分を指摘されています。その理由は鉄は溶解に高温を要し、鋳型も強固で大きくなければならないため、製作は困難です。加えて、鉄仏は仕上げが鋳造のままであり、表面の細工がほとんど施されていないため、見た目が金銅仏に劣るとされています。繊細な表現には向いていないんですね。なのでゴツゴツとした印象の仏像が多いんです。

鉄仏は銘文があることが多い

さらに興味深いのは、鉄仏に銘文が多いことです。これは造像関係者が鉄仏に対して何らかの誇りを持っていたことを示唆しています。鉄仏が単なる代用品ではなく、何か特別な意識のもとに作られたことが推測されます。

 

以上のポイントから、鉄仏は単に経済的な制約から生まれた仏像ではなく、時代や地域、社会的な意味合いを持って造られた特殊な仏像であることがわかります。その存在は日本仏像史の中でも独自の位置を占め、今後の研究においても重要な意味を持つことでしょう。

善明寺を訪問しての感想

今回は前回の訪問から約5年ぶりに訪問となりました。善明寺の阿弥陀如来を拝観した際、前回の訪問を思い出しながら、その仏像の堂々たる姿に再び心を動かされました。

前回の記憶よりもすこーし大きくなった印象があります。一層大きく感じるその姿勢には、歳月が育んだ私自身の変化も影響しているのかもしれません。

鉄で作られた仏像は一般的に小さなものが多いとされますが、府中善明寺の阿弥陀如来はその例外で、像高2mにも迫る大きさでその大きさは見る者に強い印象を与えます。この大きな鉄仏がどのようにして造られ、なぜここにあるのか、地域の歴史や国分寺との関連性を考えると、興味深い疑問が湧いてきます。

仏像リンク
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国分寺とも関連があるから、そのような国家規模の寺院と結びついたことで大きくなったのかなぁ

善明寺の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

悲願山善明寺

宗派

天台宗

住所

東京都府中市本町1丁目5−4

電話

042-364-2986

拝観時間

11月3日10時~15時

(東京文化財ウィークで公開)

拝観料金

無料

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地図

 

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