平坦な道を北東へと車を走らせる。朝は雨模様だったが桜が咲き誇る穏やかな風を切りながら進むドライブは心地よく、心も自然と軽くなる。右手に元八幡神社の鳥居が見え、その奥に宝珠院の境内が静かに広がっていた。

敷地はゆったりとしており、観音堂は境内の端にひっそりと建っている。開かれた扉の奥へ進むと、正面に十一面観音立像が泰然と立っていた。

安房国札所第十三番札所の本堂外観
安房国札所第二十三番札所の本堂外観

宝珠院・十一面観音立像:平安仏と見紛う、鎌倉の量感

十一面観音さん
十一面観音|顔のふくよかな張りが目を引く

像の前に立つと、その大きさ以上に、顔のふくよかな張りが目を引く。頬は丸く豊かで、やや釣り上がった目元と、対照的に小ぶりな鼻、そしてしっかりとした口元が印象的だ。

堂内の照明がその表情を均一に照らし、輪郭の美しさを際立たせている。 体躯は逆三角形を思わせる逞しさがある。肩から腰にかけてのラインが明確で、腹部は引き締まりつつも分厚く、全体として非常にがっちりとした印象を受ける。「量感」という言葉がこれほど似合う像も珍しい。平安時代の仏像だと説明されれば誰もがうなずくだろうが、驚くことに鎌倉時代の作であるという。

参拝者へ向けられた右手や、腕から流れるように垂れる天衣の表現からは、この像が持つスケールの大きさが伝わってくる。頭上の化仏も当時のままの姿を留めており、素朴な彫りながらも律儀に配置されている様子が愛らしい。

この像は女性的でもあり、男性的でもある。力強い佇まいの中に、どこか人間味のある温かさを感じさせる。柔らかさと芯の強さが同居したその姿は、堂内の空間を静かに、そして確かな存在感で支配していた。

仏像リンク編集部MEMO 📝

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
この十一面観音像、実は長らく平安時代の作品だと思われていたんです。それだけ古様で、力強い造形なんですよ。
十一面観音さん
十一面観音|1307年作であると判明

この十一面観音立像は、1984年の修理によって鎌倉時代後期、徳治2年(1307年)頃の作であることが判明しました。背板裏面に「定戒」という仏師名と制作年が墨書されていたのです。

像高は約217cm。カヤ材の一木造で、体部に内刳りを施し、背板をあてる古様な技法をとっています。両腕や足先は別材ですが、基本は一木から削り出されています。

顔は豊満で、体に厚みがあり、像高の高さと相まって非常に量感があります。額を大きくとり、目はやや釣り上がり気味。鼻はそれほど長くなく、鼻の穴まで表現されています。口はやや正中線を外している印象があります。

天冠台や髪の束、衣の線、肉体の表現は素朴さを感じさせます。化仏は髻上に如来1面、天冠台上正面に菩薩立像と周囲に菩薩10面を差込む形です。天衣、持物、台座は後補で、光背は失われています。

この像は、開山宥伝の母・妙光尼が応永11年(1404年)に子院の西光院本尊として安置したものと伝えられています。背板裏面に「奉古仏建立」とあることから、古くから伝わる仏像を再興する意図で造られたと考えられています。

鎌倉時代後期にもかかわらず、平安時代の檀像彫刻を意識して、あえて一木造という古い技法を選んだのでしょう。赤みを帯びた美しいカヤの素地仕上げが、その意図を裏付けています。

十一面観音さん
十一面観音|赤みを帯びた美しいカヤの素地仕上げ
仏像カルテ<十一面観音菩薩>

名称: 木造十一面観音立像(千葉県指定有形文化財)

時代: 鎌倉時代後期(徳治2年・1307年または徳治3年・1308年)

像高: 約217cm

材質: カヤ材・一木造・彫眼・素地

特徴: 背刳りをして背板でふさぐ古様な技法。両腕は肩の付根でつなぎ合わせ、左手は肘から先を更につなぎ合わせ、両足先も別材。背板裏面に仏師「定戒」の墨書銘あり。顔は豊満で体に厚みがあり、非常に量感がある。化仏は髻上に如来1面、天冠台上正面に菩薩立像と周囲に菩薩10面を差込む。天衣、持物、台座は後補。光背失われる。

お寺の歴史と伝承

仏像リンク編集部
仏像リンク編集部
宝珠院には、井戸に浮かんだ「宝珠」の文字にまつわる不思議な伝承があります。

金剛山宝珠院は、真言宗智山派の寺院です。応永7年(1400年)、または応永11年(1404年)に、僧・宥伝の父が深く仏教に帰依して私財を投じて寺院を創建しました。開山導師として宥海僧都を招き、当初は実乗院と称していました。

その後、宥伝が本尊に供える水を井戸から汲もうとしたところ、水面に「宝珠」の文字が浮かび出たといいます。そこで宥伝は寺名を実乗院から宝珠院へと改めました。この閼伽井(あかい)は、現在も本堂の前に残されています。

境内の池(放生池)
境内の池

十一面観音像は、宥伝の母・妙光尼が応永11年(1404年)に子院の西光院本尊として安置したものと伝えられています。西光院は「尼寺(あまでら)」と呼ばれていました。札所のご詠歌「あま寺へ 参るわがみもたのもしや はなのお寺を見るにつけても」の「尼寺」は、この妙光尼が建てた西光院に由来しています。

宝珠院は、戦国時代には里見氏の祈願所として寺領275石余を給され、江戸時代には徳川氏から203石余の寺領を安堵されました。安房国真言宗寺院の触頭として281か寺(一説には284ヶ寺)を支配し、安房国で唯一の真言宗学問所(檀林)が置かれていました。当時、林光院・徳蔵院・西光院・本覚院の四つの塔頭(子院)を擁していました。

また、観音堂の向拝虹梁には「波の伊八」こと初代武志伊八郎信由の龍の彫刻があります。寛政2年(1790年)、伊八が39歳の時の作品で、躍動感と立体感にあふれる横波の作風で知られ、葛飾北斎にも大きな影響を与えたといわれています。

大正12年(1923年)、関東大震災により山内諸堂が倒壊し、多くの寺宝を失いました。現在の観音堂は、昭和8年(1933年)に倒壊した仁王門の二階部分を用いて再建されたものです。

主な歴史年表

1307年(徳治2年)または1308年(徳治3年):仏師定戒により十一面観音立像が制作される

1400年(応永7年):僧・宥伝の父が仏教に帰依して寺院を建立、宥海僧都を招いて実乗院と称する(※1404年創建説もあり)

1404年(応永11年):宥伝の母・妙光尼が子院の西光院本尊として十一面観音菩薩像を安置

1702年(元禄15年):京都智積院第九世宥が玉泉入り繍字法華経陀羅尼品を寄附

1730年(享保15年):佐生勘兵衛がご詠歌額を奉納

1790年(寛政2年):初代武志伊八郎信由(波の伊八)が観音堂の向拝虹梁の龍の彫刻を制作(39歳の時)

江戸時代:里見氏の祈願所として栄え、安房国真言宗寺院の触頭として281か寺を支配

1894年(明治27年):この年まで京都醍醐寺報恩院の末寺。以後は京都智積院の末寺となる

1923年(大正12年):関東大震災により山内諸堂が倒壊し、多くの寺宝を失う

1933年(昭和8年):倒壊した仁王門の二階部分を用いて現在の観音堂が再建される

1984年:十一面観音立像の修理により、背板裏面に墨書銘が発見され、鎌倉時代の作と判明

境内を後にし、元八幡神社の前を通り過ぎる。参道入口には、かつて多くの人が行き交ったであろう往時の面影が微かに残っていた。心地よい風を感じながら車に乗り込み、帰路につく。ハンドルを握りながらも、あの観音像の深く静かな表情が、心の中に何度も浮かんできた。

本堂向拝の龍の木彫装飾と奉納札
本堂向拝の龍の木彫装飾と奉納札

宝珠院の拝観料金、時間、宗派、電話など

正式名称

金剛山宝珠院(こんごうさんほうじゅいん)

宗派

真言宗智山派

住所・アクセス

千葉県南房総市府中687番地

館山駅から館山日東バス丸線、平群線で「横峰」下車、南へ徒歩15~20分。または館山駅からレンタサイクルで約20~25分。駐車場あり。

電話

0470-27-2247(崖観音・大福寺)

拝観時間・拝観方法

8:30~16:30(普段は無住)

十一面観音像は秘仏で、12年に2度、丑年と午年の春に総開帳される。丑年が本開帳、午年が中開帳。開帳時は観音堂の扉が開かれ、間近で拝観できる。

拝観料金

志納

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